新世界訳
エホバの証人の聖書

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裁き人(士師記) 13:17-18

◇ 新世界訳参照資料付き聖書日本語版 ◇ (エホバの証人)
それでマノアはエホバのみ使いに言った,「あなたのお名前は何といわれるのでしょうか。お言葉がそのとおりになる時,わたしたちがあなたに間違いなく敬意を表わせますように」。しかしエホバのみ使いは彼に言った,「一体どうしてわたしの名について尋ねたりするのか。それは驚嘆すべきものであるのに」。

◇ 新世界訳参照資料付き聖書英語版 ◇ (エホバの証人)
Then Manoah said to Jehovah's angel: "What is your name, that when your word comes true we shall certainly do you honor?" However, Jehovah's angel said to him: "Just why should you ask about my name, when it is a wonderful one?"

イザヤ 9:6 (新共同訳聖書では 9:5)

◇ 新世界訳参照資料付き聖書日本語版 ◇ (エホバの証人)
わたしたちのためにひとりの子供が生まれ,わたしたちにひとりの男子が与えられたからである。君としての支配がその肩に置かれる。そして彼の名は,“くすしい助言者”,“力ある神”,“とこしえの父”,“平和の君”と呼ばれるであろう。

◇ 新世界訳参照資料付き聖書英語版 ◇ (エホバの証人)
For there has been a child born to us, there has been a son given to us; and the princely rule will come to be upon his shoulder. And his name will be called Wonderful Counselor, Mighty God, Eternal Father, Prince of Peace.



 この二つの聖句について、岩村義男氏は「神のみ名は「エホバ」か」の本の中でこのように指摘しています。



◇ 「神のみ名は「エホバ」か」, 岩村義男, いのちのことば社 (表記修正)

(裁き人 13:18の「驚嘆すべき」は、)イエスについて述べるイザヤ9章6節の「くすしい」(英語でwonderful)と、同じヘブライ語です。『新世界訳』英文から日本語に翻訳する際、意図的に「くすしい」と訳さなかったのです。ヘブライ語本文から直接翻訳していれば、こんな大きな誤訳は許されなかったことでしょう。こんな点からも『新世界訳』について一貫した翻訳だと自慢することはできないのです。



 ヘブライ語を調べてみると、裁き人 13:18では「不思議な(くすしい)」と「驚くような」の両方のニュアンスを持つ形容詞が用いられています。イザヤ 9:6では同じ語の名詞が用いられています。英文新世界訳聖書はどちらにも“wonderful”という訳語を充てていますが、和文新世界訳聖書は異なる訳語を充てています。岩村氏はこれを「大きな誤訳」と呼び、新世界訳聖書が重訳であることに伴う問題と位置づけています。
 彼としては、新世界訳聖書の訳語選択が一貫していないということを言いたいのだと思います。この主張はよく分かりますが、「大きな誤訳」と言うのはどうかと思います。



裁き人(士師記) 13:17-18

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
そこでマノアは主の御使いに、「お名前は何とおっしゃいますか。お言葉のとおりになりましたなら、あなたをおもてなししたいのです」と言った。主の御使いは、「なぜわたしの名を尋ねるのか。それは不思議と言う」と答えた。

イザヤ 9:6 (新共同訳では 9:5)

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神 永遠の父、平和の君」と唱えられる。



 ご覧のように、新共同訳聖書では訳語の選択が逆になっています。このあたりは翻訳者の裁量だと言えるでしょう。おそらく、日本語では英語の“wonderful”のような適切な訳語が見つからないので、訳語選択の際のニュアンスが偏らないように複数の訳語をまんべんなく配置しているのでしょう。

 




◆ 義人たちとエホバ

 ここで岩村氏は、「イスラエルの義人たちは神の名前を知っていたか」というテーマを掲げ、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、マノアの5人の場合を取り上げています。いずれについても「彼(彼女)は神の名前を知らなかった」という主張が行われています。上の引用部分はそのマノアの記述からとなります。
 ここで彼が裁き人 13:17-18を示したのは、「マノアは神の名前を知らなかった」という自身の主張を裏付けるためでした。新世界訳聖書の訳文が誤訳であるという指摘はそれについているおまけという位置づけになっています。
 そこで、翻訳の話はこれまでにして彼の主張を考えてみたいと思います。

 この聖句を見ると、マノアが会話しているのはエホバ神ではなく神のみ使い(天使)です。ここでマノアが尋ねたのは天使の名前であって、神名ではありませんが、岩村氏はこれを神名に適用しようとしています。なぜそうするのか理由はよく分かりません。
 ちなみに、聖書はマノアのもとに天使がやってきたいきさつについても書いていますが、こうなっています。



裁き人 13:8-9

◇ 新世界訳参照資料付き聖書 ◇ (エホバの証人)
するとマノアはエホバに懇願しはじめてこう言った。「失礼ですが,エホバ,あなたがいま遣わしてくださった[まことの]神の人,その人がどうかもう一度わたしたちのところに来て,生まれて来るその子に何を行なったらよいかをわたしたちに教えるようにしてください」。すると,[まことの]神はマノアの声を聴き入れられ,[まことの]神のみ使いが再びその女のところにやって来た。彼女が野に座している時であったが,夫マノアは共にいなかった。



 マノアが神の名前を知らなかったということは全くないことがここから分かります。
 

 




◆ キリストの非難

 ちょっと脱線になるのですが、この本の同じページには、モーセの信仰について語ったヘブライ 11:26についてこんなことが書いてあります。



ヘブライ 11:26

◇ 新世界訳参照資料付き聖書 ◇ (エホバの証人)
キリストの非難をエジプトの宝に勝る富とみなしたからです。彼は報いを一心に見つめたのです。



◇ 「神のみ名は「エホバ」か」, 岩村義男, いのちのことば社

証人はエホバの名のゆえに迫害され非難されることを甘受しますが、モーセがキリストの名のゆえに非難されたとは、どういう意味なのか理解できません。このみことばは、彼らの思考力を刺激するのに役立つ聖句の一つです。



 エホバの証人にはこの聖句の意味が分からないそうです。
 どうやら彼は、エホバの証人はエホバの名によって迫害されることはあってもイエスの名によって迫害されることはないということを言いたいようです。これは、このごろのキリスト教諸教会が考えるところのエホバの証人のイメージが勝手に一人歩きして収拾がつかなくなっていることの一例と言えるでしょう。反エホバ主義も度を超していると私は思います。