新世界訳
エホバの証人の聖書

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ローマ 8:28

◇ 新世界訳参照資料付き聖書 ◇ (エホバの証人)
さて,わたしたちは,神を愛する者たち,つまりご自身の目的にしたがってお召しになった者たちの益のために,神がそのすべてのみ業を協働させておられることを知っています。

◇ 新世界訳聖書 [2019年改訂版] ◇ (エホバの証人)
私たちが知っている通り,神は,ご自分の目的に沿って招いた人たち,つまり神を愛する人たちのために,ご自分の行い全てを調和させています。

◇ 新改訳聖書 [2017年版] ◇ (ファンダメンタル)
神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

◇ 聖書協会共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者のためには、万事が共に働いて益となるということを、私たちは知っています。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

◇ 英語標準訳聖書 (ESV) ◇ (プロテスタント)
And we know that for those who love God all things work together for good, for those who are called according to his purpose.



 聖書のギリシャ語では、“すべて”という語がその対象を省略して用いられることがあります。このような時、翻訳者は対象が何であるかを考えて復元することができます。これは、聖書翻訳の世界ではいたって普通に行われていることで、翻訳者が文意を間違えたのでない限り、とやかく言うことではありません。
 そのようにしなければ多くの問題が生じることになります。たとえば次のような言葉を考えてください。「私の子供たち全員が」。これを聖書のギリシャ語で書くと、省略が生じ、「私の全てが」というような言い方になってしまいます。これを日本語に直訳してしまうとどうなってしまうでしょうか。

 省略されている対象は何でしょうか。多くの聖書は、それは「事象」であると考えます。一方、新世界訳聖書は「神の業」だと考えます。この句の場合、どちらの選択もできるようです。

 それは「全ての事」である、という選択をした場合、気をつけるべきことがあります。
 このような訳文は、多くの読者に、宇宙全体とか森羅万象という意味での「全ての事」をイメージさせます。そのようなことを解説として述べる注解書もたくさんあります。しかし、それは聖書ギリシャ語の感覚ではありません。聖書ギリシャ語の「全て」という語には、適用範囲が文脈に拘束されるという特徴があります。つまり、それは「神に召された者にかかわる全ての事象」を指しています。このあたりの感覚については、「ギリシャ語パースと救いの概念」 に詳しく書いていますので参照してください。
 それは「神の全ての業」である、という選択は、さきほど述べた拘束のルールにさらに従っていて、聖書ギリシャ語の感覚によく合います。それは「神に召された者にかかわる神の全ての業」を指しています。

 キリスト教に熱心な方の中には、このような解説を聞いて反論される方がいます。神はこの宇宙のありとあらゆる事象を管理しておられるのだ、と彼らは言います。しかし、いま述べているように、この句はそれほど広い範囲を考慮していません。神が万物を管理しているということは、そもそも記述の対象外です。






 「フリーマインドジャーナル」1994年5-6月号に掲載された「新世界訳聖書における改竄」はこの聖句の問題をこのように指摘しています。



◇ 'Misleading Revisions in the New World Translation' Andy Bjorklund, Free Minds Journal May/Jun 1994

 “すべてのこと”が“すべての業”に改変されている。この改竄は、神は自分に直接関係したものだけをコントロールすると示唆することによって、神の主権を弱めるものである。



 この指摘には解りにくいところがあります。「全て」の適用範囲が狭くなることに反応しているのかもしれません。しかしそのことについてはすでに解説した通りです。

 聖書は“神の業の範囲外”ということについて何も示唆していないようです。
 聖書の世界観では、この宇宙にあるものはすべて神の手の業によるものであるということになっていますので、「全ての事象」=「神の業」ということになります。
 また、文脈に照らして“すべて”の対象を絞り込んだ場合でも、「神に召された者にかかわる全ての事象は神によって管理されている」、つまりそれは「神の業」である、ということになります。

 新世界訳聖書は神の権威を弱めようとしているのでしょうか。それは全く考えられないことです。フリーマインドジャーナルの主張は飛躍しすぎです。






 ここでちょっと面白いのは、「計画」という表現です。エホバの証人は、聖書において「神が計画する」という訳文を用いるのは神学上の違反であると主張しています。



◇ 「ものみの塔」誌1995年5月15日号, ものみの塔聖書冊子協会

 「世々に渉る神の経綸」(英文字義,「……神の計画」)と題する「聖書研究」の第1巻は,聖書研究者たちの間で特に愛読されていた出版物でした。しかし,やがて,神の言葉には計画を立てる者として人間のことしか述べられていない,ということが分かりました。(箴言 19:21)聖書は決してエホバのことを計画を立てる方としては述べていません。エホバは計画を立てる必要がありません。エホバは無限の知恵と力を持っておられるゆえに,意図したことは何であれ必ず成功するのです。まさにエフェソス 1章9節と10節に,「それは,定められた時の満了したときにおける管理のためにご自身のうちに意図された意向による」とあるとおりです。それで,エホバに関して言う場合には意図,つまり「目的」という語のほうが適切である,ということが徐々に明らかになりました。



 英訳聖書のほとんどは“purpose(目的)”という訳を用いています。「神が計画する」という表現は日本の聖書の傾向であるようです。



◇ 「新約聖書ギリシア語辞典」, πρόθεσις の項, 玉川直重, キリスト新聞社 (表記修正)

計画、企て、(英語では) a purpose



エフェソス 3:11

◇ 新世界訳参照資料付き聖書 ◇ (エホバの証人)
それは,キリスト,すなわちわたしたちの主イエスに関連して[神]がお立てになったとこしえの目的にかなうところでした。

◇ 新世界訳聖書 [2019年改訂版] ◇ (エホバの証人)
これは,私たちの主であるキリスト・イエスに関連して神が定めた永遠の目的に沿ったことです。

◇ 新改訳聖書 [2017年版] ◇ (ファンダメンタル)
私たちの主キリスト・イエスにおいて成し遂げられた、永遠のご計画によるものです。

◇ 聖書協会共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
これは、神が私たちの主キリスト・イエスにおいて実現してくださった永遠の計画に沿うものです。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。

◇ 英語標準訳聖書 (ESV) ◇ (プロテスタント)
This was according to the eternal purpose that he has realized in Christ Jesus our Lord,



 このあたりの考え方については微妙なところがありますが、新世界訳聖書の方針は慎重さが見られてよいものだと思います。