エホバの証人の聖書

テサロニケ第一 3:11

新世界訳聖書(エホバの証人)
では、わたしたちの神また父ご自身が、そしてわたしたちの主イエスが、わたしたちの道を都合よくあなた方のほうに向けてくださいますように。

新改訳聖書(ファンダメンタル)
どうか、私たちの父なる神であり、また私たちの主イエスである方ご自身が、私たちの道を開いて、あなたがたのところに行かせてくださいますように。


 新改訳聖書で「父なる神である主イエス」となっているところが、新世界訳聖書では「神また父、そして主イエス」となっています。そのため、エホバの証人に反対する人たちは「新世界訳聖書のこの聖句はエホバの証人によって改竄されている」と主張しています。
 新世界訳は改竄されているのでしょうか。

新共同訳聖書(カトリックとプロテスタント)
どうか、わたしたちの父である神御自身わたしたちの主イエスとが、わたしたちにそちらへ行く道を開いてくださいますように。

 新共同訳聖書の内容からすると、新世界訳聖書が改竄されているとはどうやら言えないようです。


 新改訳聖書は、「道を開く」と訳されているギリシャ語が三人称単数であることに注目し、神とイエスを同一視しています。
 これはおそらく、使徒 16:31などと同じ感覚で書かれているのだと思います。ここでは、字義どおりには「あなたとあなたの家は救われるでしょう」という表現がありますが、ここの「救う」が二人称単数です。聖書中に似たような例はいくつもあるそうです。

使徒 16:31
新世界訳聖書(エホバの証人)
彼らは言った、「主イエスを信じて頼りなさい。そうすれば救われます。あなたも、あなたの家の者たちも」。

 ここは、いわゆる「シャープの法則」が関係していますので、グランヴィル・シャープの法則もご参照ください。


 「エホバの証人統一協会対策香川ネット」正木弥氏は、「ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書」においてこう述べています。

新世界訳で“都合よく”を挿入したのは書き過ぎでしょう。それよりも新世界訳で"そして"と訳したのは誤りです。なぜなら、ギリシャ語本文の述語動詞κατευθυναιが単数ですから。そのことは、王国行間逐語訳で"he straigthen"と訳しているのですから、ものみの塔は了解しているはずです。すると、"and"は「そして」ではなく「また」と訳すべきです。
この誤訳は意図的で、ケアレス・ミスではありません。「また」とするほうが、父なる神と主イエスとが、同格、同一となり、単数で文法的には正しいのですが、ものみの塔・エホバの証人にとっては自分たちの教理に反する結果となります。そこで、この事実を弱め、父なる神と主イエスが別存在だと印象づけられるようにとの狙いで「そして」と訳したのです。みずからの教理のためには誤訳もいとわない、そういうやり方なのです。
(誤記等修正)

 新改訳聖書で「道を開く」と訳されている語について新約ギリシヤ語辞典はこのように述べています。

テサロニケ第一 3:11では、あるいは「われらの道をまっすぐに向ける、目的地に無事に導く」とも解される(表記修正)

 新世界訳聖書の訳し方はこの語のニュアンスを詳しく示すものであるようです。


フレーム表示へ