エホバの証人のコラム

#1 エホバの証人をカルトと呼ぶ人たち


 本サイトの趣旨は聖書翻訳としての新世界訳聖書を取り上げ、擁護したり批評したりすることにありますが、新たな趣向として、すこし聖書翻訳の話題から離れ、エホバの証人に関連したコラムの連載を行うことにしました。
 エホバの証人と社会の関わりや、職業的反対者の動向、エホバの証人信仰の実状、エホバの証人についての宗教学者の発言など、様々な話題を取り上げ、エホバの証人内外の理解を深めることができれば幸いです。

 簡単な言い方をすると、現在、エホバの証人をカルトと呼ぶ人たちは、大きく二つの流派に分かれています。一つは、キリスト教世界の側に属する見方を持つ人たちの流派です。もう一つは、非キリスト教世界の側に属する一般的な見方を持つ人たちの流派です。

 キリスト教世界に属する人たちは、エホバの証人を「キリスト教の典型的な異端またカルト」と見ます。つまり、エホバの証人は(1)神やイエス・キリストの神性を否定し、(2)聖書の一部分だけを取り上げて(3)自分たちの都合の良いようにいいかげんに解釈し、(4)聖書よりも俗人の指導者や教団組織を重んじる宗教であると考えます。
 他方、一般の人たちは、エホバの証人を「原始キリスト教的なカルト」と見ます。 つまり、エホバの証人は(1)神やイエス・キリストを本気で信じており、(2)聖書をあますところなくすべて取り上げて(3)厳密に解釈・適用し、(4)人や組織を聖書ほどには信じない宗教であると考えます。

 そのどちらも、エホバの証人がカルトであることの際立った根拠として輸血拒否の信条を取り上げます。

 一方の主張するところによれば、エホバの証人が輸血を拒否するのは、彼らが聖書の一部だけを取り上げて曲解しているからです。他方の主張するところによれば、エホバの証人が輸血を拒否するのは、彼らが聖書を一部とは言わず全部取り上げて厳密に解釈してしまうからです。いずれにせよ、「エホバの証人は危険なカルトである」という結論が導かれます。

 では、なぜこのような意見の相違が生じるのでしょうか。

 一つには、一般に通用するエホバの証人の定義がキリスト教世界にとって不名誉である、ということが考えられるでしょう。そもそもキリスト教という宗教は、その教えを厳密に守れば守るほどカルトに近づいていくようにできています。エホバの証人のことをカルトと呼ぶ人がいるのはそのせいです。

 そもそもキリスト教世界は、「カルトと疑われないキリスト教派にキリスト教としての正当性など存在し得ない」というほどの厳しいルールの下におかれているのではないでしょうか。しかし、キリスト教世界は一般にこのルールの存在を認めていません。ですから、彼らの認識では「キリスト教としての正当性を追求するあまり、ついに社会からカルトと疑われるようになったキリスト教派」というものは存在しません。
 もし、そのような教派が突如現れて数を増やし、既成のキリスト教派と真っ向から対立するようになったら、キリスト教世界としてはどうでしょう。いろいろな意味でぞっとするのではないでしょうか。拒絶反応もいろいろとあるのではないかと思います。

 とはいえ、日本の状況はまずまずではないかと思います。やっかいなのはヨーロッパなどのキリスト教国です。国民の90パーセントがキリスト教徒というような国では、エホバの証人は常々、その実状に照らしてではなく、キリスト教世界によるエホバの証人の定義に従って評価されています。テレビや新聞もかなり染まっているそうです。
 これらキリスト教の国々では、「エホバの証人はカルトであるというより以前に精神病である」という認識があります。だれかが新しくエホバの証人になったりすると、その家族が「どうしよう、うちの家族がエホバの証人になってしまった」とか言って、右往左往するそうです。

 1985年にはイタリアで一つの事件がありました。イタリアでかなり著名な修道女がエホバの証人に改宗するという出来事があったのですが、この時、カトリック教会はその人をきちがい呼ばわりし、テレビ局や新聞もそれに倣いました。彼女は身の危険にもさらされ、しばらくの間隠れていなければなりませんでした。
 彼女はこう書いています。

『私の決定に、カトリック教会はショックを受けました。道義に反しているとか、気が狂っているとか言って非難しました。しかし、私をよく知る人たちは、そうした非難が間違いであることを知っていました。
一緒に仕事をしてきた人たちの反応はさまざまでした。ある人たちは、私のしていることを勇気ある行動と見なしました。私が間違った道に進もうとしていると考え、心を痛めていた人たちもいましたし、私のことを不憫に思う人もいました。
それからエホバの証人の地域大会に出席した際、私が教会を脱退したことを知ったマスコミは、私に関する記事を掲載しました。その後バプテスマを受けた時には、地元のテレビ局や新聞社は私の行動が常軌を逸していると考え、再び私のことを取り上げました。
教会を脱退するという私の決定を初めて知った時、友達は強く反対しました。しかしその後、私が平穏無事に暮らしているのを知って態度を和らげています。
うれしいことに、今でも修道女である93歳になるおばをはじめ、家族はとても協力的になっています。』
(「目ざめよ!」誌2003年6月22日号より)(一部表記訂正)

 これを読んで私は思ったのですが、仮に彼女の友人や家族が、彼女がきちがいになったわけではないことを知ってほっとしたとしても、世間一般としてはどうなのでしょうか。世間としては今でも、彼女はきちがいになった、エホバの証人はそういう宗教だ、と信じこんでいるのではないでしょうか。

 その一方で、この国には良い傾向も見られます。
 イタリアは長らくカトリックを国教としてきましたが、これが信教の自由を損なうということで白羽の矢が立ったのがエホバの証人です。イタリア政府は、エホバの証人をカトリックと同等に扱うことを協定によって定め、このことは世界中で広く報道されました。

[BBCの報道/2000年3月20日]

The Italian government has for the first time formally recognised Buddhists and Jehovah's Witnesses as belonging to organised religions.
This will allow the two faiths to establish their own schools and benefit from a scheme under which Italians can choose to pay a percentage of their income tax to officially-recognised religions.
The Italian Prime Minister, Massimo D'Alema, said the agreement highlighted the importance of integrating different ethnic backgrounds, traditions, cultures and religions into modern society. The Buddhist representative, Elsa Bianco, described the day as historic because it was the first agreement of its kind in Italy to be signed with a religion outside the Judeo-Christian tradition.
The Italian parliament still needs to ratify the agreement.

 では、あなたはエホバの証人のことをどう思われるでしょうか。エホバの証人はカルトだと思いますか。思うとしたら、どうしてだと説明しますか。エホバの証人はどんな種類のカルトだと説明しますか。
 エホバの証人をカルトだと思う人のほとんどは、具体的な根拠もほとんどなく、ただイメージ的にそう思っているに過ぎないようです。また、具体的な根拠を示す人も、多くは偏見につかれてそう言うようです。

 このコラムでは、こういった話題から逃げることなく、むしろ積極的に取り上げることにより、また率直に事実を語ることにより、信者の側から見たその諸相を明らかにしていこうと思っています。


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