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輸血拒否のための法的・技術的情報
「輸血―生き延びるためのかぎ?」
2000年1月1日更新

「輸血―生き延びるためのかぎ?」
 ジョン・S・ランディー博士は、1941年に輸血のための規準を定めました。同博士は、裏づけとなる臨床上の証拠は何もなかったようですが、もし患者のヘモグロビン、すなわち血液の酸素運搬成分が血液100ccにつき10c以下に下がったなら、患者には輸血をする必要があると述べました。それ以後、その数値が医師たちの規準になりました。
 この10cの規準はこれまでほぼ30年にわたって挑戦を受けてきました。1988年に「アメリカ医師会ジャーナル」誌は、その指針は証拠によって裏づけられていない、と率直に述べました。麻酔医のハワード・L・ゾーダーは、それは「伝統に包まれ、不明瞭さに覆われており、臨床あるいは実験的証拠による裏づけがない」と述べています。それを単に神話と呼ぶ人もいます。
 こうして盛んに虚偽があばかれているにもかかわらず、この神話はいまだに(注:1990年時点です)健全な指針として広く尊ばれています。多くの麻酔医や他の医師たちは、患者のヘモグロビン値が10以下になると、貧血を治療するために輸血をしなければならないという気になります。それはほとんど自動的な反応です。
 今日における、血液と血液製剤の過剰使用の一因がそこにあることには疑問の余地がありません。「ヒト免疫不全ウイルス伝染病に関する大統領委員会」で働いたテリーザ・L・クレンショー博士の推測によると、米国だけでも毎年およそ200万件の不必要な輸血が施されており、貯蔵血液を用いた輸血の約半分は回避できたはずのものです日本の厚生省は、日本における「見境なく輸血を施す慣行」や「その効き目に対する盲信」を公然と非難しました
 輸血によって貧血を治療しようとすることに伴う問題は、輸血そのものが貧血よりも致命的なものになりかねないということです。主に宗教上の理由で輸血を拒む エホバの証人は、この点を証明するのに貢献してきました。
あなたは、エホバの証人が輸血を拒んだために死亡したという新聞の見出しをご覧になったことがあるかもしれません。残念なことに、そのような記事が事の全体を報じていることはまれです。当のエホバの証人が死亡する結果になったのは、医師が手術を拒んだため、あるいは手遅れにならないうちに手術することを拒んだためであることが少なくありません。ヘモグロビン値が10以下に落ちた場合に輸血する自由を与えられなければ手術しない、という外科医もいます。しかし、ヘモグロビン値が5か2、あるいはそれ以下でもエホバの証人の手術を首尾よく行なった医師は大勢います。外科医のリチャード・K・スペンスは、「エホバの証人を扱って分かったことだが、ヘモグロビン値が低いと必ず死ぬとは決して言えない」と述べています。
数多くの代替治療法
 『輸血をするか、死ぬかのどちらかです』。こう言ってエホバの証人の患者に二者択一を迫る医師もいます。しかし実際のところ、輸血に替わる治療法は沢山あります。エホバの証人は死にたがっているわけではなく、代替治療法に関心を払っています。ただ聖書が血を取り入れることを禁じているので、輸血を代替治療法としては考慮しないというだけなのです。
 1988年6月の「ヒト免疫不全ウイルス伝染病に関する大統領委員会の報告」は次のように述べて、まさにエホバの証人が長年要求してきた事柄をすべての患者に対して認めるべきであることを示唆しました。「血液もしくはその成分を体内に注入することに関するインフォームド・コンセント(十分情報を与えられた上での同意)には、関係する危険について説明すること、……および同種血輸血療法に替わる適当な治療法について知らせることを含めるべきである」。
 言い換えれば、患者には選択の権利が与えられるべきです。そのような場合に、ある種の自己血輸血を選ぶ患者もいます。これは手術中に患者自身の血液を回収し、患者の静脈に戻して再び循環させるという方法です。そうした処置が患者自身の循環系の単なる延長である場合、ほとんどのエホバの証人はその処置を快く受け入れることができます。また、無血性の増量剤によって患者の血液量を増やし、体中に自己の赤血球が行き渡るようにさせることの価値を強調する外科医もいます。輸血の替わりにそのような技術が用いられてきましたが、死亡率は増加していません。それどころか、そのような技術によって安全性が高まる場合もあります
 最近、遺伝子組み替えエリスロポエチンと呼ばれる将来有望な薬の限定的使用が認められるようになりました。その薬は体内の赤血球の生成を促進するため、結果的に当人の血液を増やす助けになります。
 科学者たちは、血液と同じような際立った酸素運搬能力を持つ、有効な血液代用物質を今も探し求めています。米国のそのような代用物質のメーカーは自社の製品に対する認可を得るのに苦労しています。しかし、その種のあるメーカーが異議を申し立てているとおり、「FDA[食品医薬品局]に血液を持って行き、許可を得ることを考えていても、血液の毒性は非常に高いので、検査してもらえる見込みはない」のです。それでも、血液に替わる酸素運搬物質として認可される、有効な化学物質が見いだされる見込みは十分にあります。
 そのようなわけで、選択肢は幾つもあります。ここに述べたものは利用可能な手段のほんの一部にすぎません。臨床外科の教授であるホラス・ハーブズマン博士が「救急医療」誌の中で書いているとおりです。「血液を用いない代替処置が幾つもあることは……極めて明白だ。実際、エホバの証人を扱った我々の経験からすると、様々な合併症の生じる可能性がある輸血に頼る必要は、以前考えられていたほどにはないと理解してよさそうである」。言うまでもなく、こうしたことはどれも実際には新しい事柄ではありません。「大手術も輸血なしで安全に行なえるという事実は、過去25年間に数多くの証拠書類によって証明されてきた」と、「アメリカ外科医」誌が述べているとおりです。
 それにしても、もし血液が危険なものであり、その使用に替わる安全な方法があるのであれば、受ける必要もないのに輸血を受ける人が幾百万人もいるのはなぜでしょうか。その多くは不必要であるのを知らずに受けており、実際自分の意に反して輸血される人もいるのです。エイズに関する大統領委員会の報告は、医師や病院が代替処置について教えられていないことが一因であると述べています。その報告によれば、別の要素も関係しています。「地方的な血液センターは血液や血液製剤の販売によって営業収入を得ているため、中には輸血療法の使用を手控える方策に乗り気ではない所もある」のです。
 言い換えれば、血液の販売はもうけの多い商売なのです。

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