情報部
情報部によるレポート
投票は解禁されたのか(その2)
2001年4月2日更新

村本氏の反論に答える
 先の、「投票は解禁されたのか」の記事で取り上げられた村本治氏から、誤解を与える内容の反論がありましたので、補足的な記事を追加することにいたしました。
投票に関する記事の有無
 本サイトは、情報部の先の記事において、村本氏による『投票に関しての「新しい光」が発表される』と題する報道記事の問題の一つを取り上げ、村本氏が何らかの理由により、投票に関する新しい記事の中で引用されている、「ものみの塔」誌1950年11月15日号の記事を無視していると指摘しました。
 それに対し、村本氏は、このように答えています。

「しかし単純に考えれば、もし教義がこの50年間に変更していないとすれば、なぜ50年も前の記事を引用してきて、それ以後のもっと最近の記事で、この教義の変更がないことを示すことができないのか、と疑問に思うのも当然であろう。その理由は、実はそのような教えはその後の50年間、一切ないからだ」。

 ほんとうに、そのような記事は一切ないのでしょうか。

 「ものみの塔」誌1964年8月15日号はこのように述べています。

「政治選挙の場合にどんな態度をとるべきかという事は、円熟したクリスチャンにとって少しも問題ではありません。全体主義の国では法律によって投票が義務づけられていることも多く、家から投票場まで連れて行かれる場合さえあります。民主主義の国でさえも、投票が法律上の義務になっている国があります。どの国においてもエホバの証者は政治に参加しません。エホバの証者はこの世のものではありません。従って選挙のさいに投票に参加しないのです。彼らは政治の問題で自分たちの中立の立場を妥協させません。しかし、投票所に行くならば、線をひいて消すなり、あるいは「神の王国を支持」という言葉を書くなりして、投票を無効にするでしょう。これで自分の立場は明らかにされます。これによって投票は無効になり、だれの得票にもなりません。しかし、法律に従って投票所に行ったことになり、従って罰を避けることができるでしょう。前述のことをしたからと言って、その人をとがめることはできません」。

 このことから、「投票に関する記事は50年間一切ない」とする村本氏の主張は間違っていることが分かります。

 もっとも、この記事は村本氏自身の引用するところとなっています。
 彼は、この記事の存在についてはこのように反論を述べています。

「確かにこの記事でも、もし投票所に連れて行かれることになれば、無効投票をするように教えているが、たとえ国や法律が義務づけていても、「どの国においても」投票に参加しないことが第一の教えになっている。ここにはどこにも、「選挙に立候補した人に個人として投票するかどうかについて、エホバの証人は各自、聖書によって訓練された自分の良心と、神および国家に対する自分の責任に関する理解に基づいて決定します」(ものみの塔1999年11月1日29頁)などという柔軟性のある指導はなく、無条件で「投票に参加しない」ことを宣言している。この1964年の記事を読んだエホバの証人が「それでは」と言って自発的に投票所へ行って無効投票をすることを考えるだろうか」。

 しかし、この指摘は正確ではありません。

 まず、1964年の記事には、1999年の記事の「選挙に立候補した人に個人として投票するかどうかについて、エホバの証人は各自、聖書によって訓練された自分の良心と、神および国家に対する自分の責任に関する理解に基づいて決定します」という言い回しに代わる言葉として、「政治選挙の場合にどんな態度をとるべきかという事は、円熟したクリスチャンにとって少しも問題ではありません」という言葉が記されています。
 これは、情報部が先の記事でこのように述べていることと一致しています。

「もしかすると読者の中には、「この記事(1999年の記事)は肝心な点をはっきりと述べてはいない」と感じる人がいるかもしれません。しかし、この記事の中で統治体は、聖書から述べるべき点をきちんと述べており、読者は自分で考えて正しい判断を下せるはずです。また同時に、統治体が記事の中で繰り返し「個人の決定」について述べているからと言って、統治体が際限なく個人の決定の自由を認めていると考えることはできません。エホバの証人に対する責務を統治体が果たすのは、個々のエホバの証人が「聖書的に正しい決定」を下せるように援助するためなのですから、だれかエホバの証人が聖書を無視した決定を下すとしても、それは認められる決定ではありません」。

 さらに村本氏は、ヨーロッパの一部の国を含む、投票が義務づけられている国々において、エホバの証人が無効票の投票を50年間現実に行っているという事実をはっきりと無視し、たとえ1964年のような記事があるからといって、それによってエホバの証人が無効票を投じるようになるということは考えられないという、彼らしくない主張しています。(村本氏はエホバの証人のことを統治体に隷従するカルトだと考えています。)

 このように、村本氏の主張は多くの点で見当違いです。
 そもそも、「しかし単純に考えれば・・・」で始まるこのような反論は、はぐらかしであり、「村本氏はなぜ1950年の「ものみの塔」誌からの引用を無視したのか」という問いに対する答えにはなっていません。
 村本氏の反論は、「エホバの証人記者クラブ」の指摘を受けて、後から苦し紛れにひねり出したもののように見えます。
追加された指針
 村本氏は、さらに次のように述べています。

「少なくとも「未信者である夫がエホバの証人の妻に投票に行くことを強いる場合に投票に行くことを誰も批判すべきではない」、という教えは日本の国に最もよく適応される状況であるが、このことに言及した教えは1999年11月1日以前には一切ない。実際、日本の未信者の夫で妻を投票に連れて行こうとした時に、素直に妻が従ってきたという経験をした夫が1999年以前にどれだけいたであろうか。もし1999年11月1日の教えが新しいものでないとすれば、日本の未信者の夫の多くはエホバの証人の妻が素直に投票についてきたのを経験しているはずであるが、これはこの50年間の現実の体験であろうか。読者のエホバの証人を妻に持つ夫の体験を聞きたいものだ」。

 ほんとうに、「このことに言及した教えは一切ない」のでしょうか。

 確かに、投票に関する指針としてこのことが述べられたのはこれがはじめてです。
 とはいえ、この新しい指針は、すでに立てられている指針に付随するものですので、これまでそのことに言及がなかったとしても、それは決して問題ではありません。
 投票について述べた、1964年の「ものみの塔」誌は、先に引用した部分に続けてこう述べています。

「しかし、以前になかった事態、おそらくは話に聞いたこともない問題が起きて、決定を下さなければならないとき、どうしますか。だれかに尋ねようと思っても、そのような人はいないかも知れません。それでも聖書にある神の言葉の原則を知っているならば、献身した人にとって正しい決定を下すことはそう難しくないはずです。私たちは世の中にいても世の一部ではありません。従って政治に対して中立の立場をとります。・・・また、家族の秩序について聖書の教えることを知っています。聖書の原則という光に照らされて啓発された良心を持つ人は、正しい決定を下すことができるでしょう。確信をもって正しい決定を下せないときは、良心のとがめを感じない決定をするのが賢明です」。

 情報部の先の記事が指摘したように、エホバの証人の統治体が教理上の指針を述べるのは、すべての事例を指針によって網羅するためではなく、あくまで、エホバの証人に対して、聖書に基づく正しい判断の雛形を示すためです。

 ですから、まともに考える能力のあるエホバの証人なら、すでに「ものみの塔」誌に載せられている情報さえ知っていれば、あとは考えて決定を下せるはずです。
 このことと調和して、情報部の先の記事はこう述べています。

「もし、この記事をここまで読んでくださったあなたが、この点についてもっと知りたいと思われるようでしたら、ぜひともお近くのエホバの証人に近づきになり、「ものみの塔」誌1968年3月15日号の、「聖書の原則を調べる」という記事を入手されるようお勧めいたします。この記事は、円熟したエホバの証人がどのようにして問題に対処するかを学習するために用意された記事です。その練習問題の中の、「7.クリスチャンの妻が不信者の夫に伴われてナイトクラブに行くのは正しいことですか」の項を投票に関する先の記事と比較するのは興味深いこととなるでしょう」。

 日本において、エホバの証人の妻が非信者の夫に連れられて投票所に行く習慣がないのは、日本では、エホバの証人が投票を拒否することによる社会の偏見や圧力が見られず、このことからそうすることが妥当とみなされているからです。

 これは、先の引用の、「確信をもって正しい決定を下せないときは、良心のとがめを感じない決定をするのが賢明です」という言葉と調和したものです。
 エホバの証人は、自分の置かれている地域の状況を見ずに、ただ規則だけで判断を行うというようなことはしませんから、こうなるのです。
 さらに村本氏は、知ってか知らずか、1999年11月1日号にこのような新しい指針が述べられた後も、この点に関する日本のエホバの証人たちの見解は変わっていないという事実を無視しています。
 村本氏は、“エホバの証人統治体隷従論”を唱える人物の一人です。
 エホバの証人統治体隷従論者たちは、エホバの証人の教理を、単純に「禁止されているか、それとも解禁されているか」という二元論で解釈し、それをエホバの証人の行動に適用しようとします。
 彼らは、たとえば輸血拒否のような重大な教理でさえ、ある日突然統治体がそれを“解禁”すれば、エホバの証人はその日から「右向け右」とばかりにそれに従うだろうと主張するものです。
 では、エホバの証人統治体隷従論者たちの主張するところに反して、投票に関する日本のエホバの証人の態度が相変わらずなのはなぜでしょうか。
無条件?
 さらに、村本氏はこのように述べています。

「他にも「記者クラブ」が引用しないものみの塔の記事で、政治的な投票を無条件で否定している所はいくつもある。「エホバの証人は聖書に基づく良心によって投票を拒否してきたのでしょうか」の記事で紹介したように1974、1975、1986、1989年のものみの塔誌はすべて、無条件で投票に参加することを否定している」。

 これは正しい指摘でしょうか。

 いいえ、そうではありません。
 これは村本氏が、いまだに指摘されたとおりの勘違いを繰り返しているということに過ぎません。
 情報部の先の記事はこのように指摘していました。

「今回の場合、村本治氏はエホバの証人が「投票所に行く」ことを、「投票する」ことや「投票所の職員となる」ことと混同してしまったように見えます」。

カメルーンの場合
 村本氏は、今回取り上げられた一連の記事において、繰り返しカメルーンの事例を取り上げています。
 村本氏は「ものみの塔」誌1971年1月1日より以下の部分を引用しました。

「アコノリンガの一証人はこう報告しています。「ルイ・マンダン知事は、3月28日、選挙当日、午前7時に知事室に出頭するよう、エホバの証人全員に命令しました。証人たちは命令に服しました。投票所の門を開く合図のサイレンが鳴るや、車に乗って先頭に立ったマンダン知事は、証人たちの身分証明書全部を手にかかえて、100bほど先の投票所まで自分のあとについて来るようにと合図しました。強制投票をさせようとする知事の意図を知った証人たちは、車について行くのをやめ、家に戻ってゆきました」」。

 なぜ、カメルーンのエホバの証人は、このとき「無効票を投じる」という選択肢を選ばなかったのでしょうか。

 それには、カメルーンのエホバの証人の置かれた状況が関係しているに違いありません。
 エホバの証人は、自分の置かれている地域の状況を見ずに、ただ規則だけで判断を行うというようなことはしないからです。
 この記事はこう指摘しています。

「カメルーン連邦共和国の大統領は回教徒のエル・ハジ・アフマドゥ・アヒジョで、同大統領は、1970年3月28日、一般投票の97.65%を獲得して3選され、5年の任期を務めることになりました。新聞は一斉に、大統領選は大成功を見、投票はきわめて「良心的かつ完全な自由のもとに」行なわれたと評しました。

(選挙運動期間中、)証人たちが政治問題に関与しないため、熱狂的な一部党員の怒りを買い、選挙演説の中で、やり玉にあげられました」。

 証人たちが受けたのは、「たとえそれが白紙投票であったとしても投票さえすればよい」というような種類の圧力ではなかったようです。

 それは、特定の党とその候補に対する支持の表明として投票を行うようにという圧力だったに違いありません。
 そのようなわけで、もしもこの時、証人たちが知事について行ったとしたら、彼らは投票所においてさらに難しい状況に直面したかもしれません。
 白紙票を投じることは許されず、知事は証人たちに、投票用紙の所定の場所に署名あるいは印を記入するよう求めたかもしれません。
 ですから、カメルーンのエホバの証人は、投票の日、知事の呼び出しには応じたものの、状況を見て、それ以上の行為には携わらないことにしたようです。
 これは、「投票所に行くことはあっても、投票はしないことによって中立を守る」という、他国のエホバの証人の振る舞いに準ずるものであったと言うことができます。
 村本氏はカメルーンの事例についてこのように述べています。

「しかし、その記事には1950年11月15日の記事の引用は一切されておらず、「投票所に行くことにした人がいても、それはその人の決定です」(ものみの塔1999年11月1日29頁)とカメルーンのエホバの証人に、迫害を受けずにすむ方法の選択があったことも一切述べていない」。

 あいにく、この場合、「迫害を受けずにすむ方法」はなかったのかもしれません。

 それに、「ものみの塔」誌の中で統治体が繰り返し繰り返し強調しているように、エホバの証人はだれも、それが違反である場合を除いては、信仰による個人の決定を批判したりすべきではありません。
 カメルーンのエホバの証人たちは、統治体の述べる指針とは多少異なっているとはいえ、自分たちの信仰に基づく、聖書的に認められる範囲内の判断をしたわけですから、「あのときあなたたちはこのようにすればよかったのに」などと「ものみの塔」誌が述べれば、それは彼らの信仰に対するいやみにしかならなかったことでしょう。
 果たして、そのようなことを統治体はすべきだったのでしょうか。
上位の権威
 さらに村本氏は、投票について述べた、1950年の「ものみの塔」誌の記事の引用を次のように批判しています。

「このようなものみの塔の不可解な一貫性のない教えを理解する鍵は、「記者クラブ」が意図的に明らかにしていない1950年11月15日の記事の全体の内容である。この記事は「上位の権威への服従」と題して、ローマ13:1-7に言及されている「上位の権威」が何をさしているのかを論じるのが主題なのだ。歴史的に見てエホバの証人は最初、この「上位の権威」を大多数の聖書の解釈者と一致させて、この世の政府、あるいは人間の支配者、と解釈していた。しかし「光が増えた」ことにより第二代会長のラザフォードの時代の1929年に「上位の権威」は神とイエスキリストをさすという解釈に変えられた。この1950年11月の記事は、このラザフォードのもたらした教義を詳細に解説したものである

・・・しかし、この間違っているはずのキリスト教世界の解釈はなんと1962年に、何事もないかのように新しい光としてエホバの証人の教義に取り入れられている。」

 そこで、村本氏はこのように述べています。

「それではこのような「上位の権威」の解釈の二転三転の歴史と、「記者クラブ」が強調する1950年11月の記事の内容とはどのような関係があるのだろうか。端的に言うなら、1950年の記事は、現在では偽りの教理と考えられているものを教えている記事なのだ。もし現在、この1950年の記事の筆者が生きていて同じ事を会衆で教えれば、彼はたちまち「偽りの教え」を教える「背教者」として排斥されるであろう。「記者クラブ」がそれ以後に繰り返されるものみの塔の記事の教えを無視して1950年の記事に固執し、1999年11月1日の記事が1950年の記事を引用してあたかも教理に変更が無いかのように粉飾をはかるのは、このような偽りの記事の中に前後を切り離して現在再利用できる部分を見つけたからだ。再び譬えを使えば、有害ごみ処理場からこっそりと再利用可能な部品を見つけてきて、それが有害ごみであることを知らせずに再利用しているに過ぎないと言えるであろう」。

 このような指摘は正しいでしょうか。

 いいえ、そうではありません。
 たしかに、1962年に「上位の権威」に関する教理は改められましたが、すでにこの記事が指摘しているように、続いて1964年には、「ものみの塔」誌に投票に関する新しい記事が掲載され、こうして、「上位の権威」に関する教理に変更があった後も、投票に関するエホバの証人の立場には変更がないことが再確認されていますから、結局のところ、投票に関するエホバの証人の立場は50年間変わっておらず、1950年の記事からの引用も妥当なものです。
 これは、村本氏自身がものみの塔出版物から、『世の政府に対するエホバの証人の態度はそれによって大きく変化したわけではありませんでした』と引用しているとおりです。
 そもそも、ここにおいて村本氏は、正しい推論を読者に提供するということとは全く逆の事柄を行っています。
 少し考えてみましょう。
 昔、エホバの証人は、「上位の権威に従え」というのはキリストの権威に関することであり、政府の権威に関することではないとしながらも、一方で、「投票を義務づけている国では投票所に行ってよい」と考えていました。
 しかし後に、エホバの証人は考えを変え、「上位の権威」とは政府のことであり、キリストのことではない、よって、エホバの証人は政府の権威に従わなければならない、と考えるようになりました。
 では、このような教理の変更は、投票に関する見方にどのうよな変化を与えるものと考えられるでしょうか。
 エホバの証人は、「自分たちは政府に従わなければならない」と考えるようになったわけですから、この教理の変更によって、投票に関するこのエホバの証人の立場は、強化されこそすれ、無効になることなどあり得ないと考えるのが、この場合の「正しい推論」ではないでしょうか。
 ですから、村本氏は、「エホバの証人記者クラブ」が、1950年の記事の内容を「意図的に明らかにしていない」と主張していますが、これは全くの勘違いです。
 ただ単に、そうする必要がなかったから、言及がなかったということにすぎません。
 さらに村本氏は、自分の引用した、「上位の権威」に関する教理の変更を解説する記事についても同様の主張をし、このように述べています。

「しかし「告げる人々」の記事が意図的に隠して教えないことは、この同じ「上位の権威」の解釈が1929年代以前にはエホバの証人の解釈であったことであり、それがラザフォードにより1929年にキリスト教世界の解釈として捨て去られたことである」。

 ほんとうに、隠しているのでしょうか。

 いいえ、そうではありません。
 そもそも、教理の変更の行われた1962年の記事自身が、この点に関して、ものみの塔協会の初代会長であるラッセルによる「世々にわたる神の経綸」や「時は近し」、また「ものみの塔」誌1882年6月号や1914年5月15日号を参照するように指示しています。
 さらに、「ものみの塔」誌1996年5月1日号は、この問題についてこのように解説しています。

「早くも1886年、チャールズ・テイズ・ラッセルは「世々に渉る神の経綸」の中でこう書いています。「イエスも使徒たちも地上の支配者たちに対していっさい干渉しなかった。……彼らは法律に従い、当局者に対して、その職務のゆえに敬意を払い、……定められた税金を納め、いかなる法律に対しても、神の律法に反するものでない限り(使徒 4:19; 5:29)これに反抗しないよう教会を教えた。(ローマ 13:1-7。マタイ 22:21)イエスおよび使徒たちと初期教会はみな、この世の諸政府から離れ、政治に関与しなかったとはいえ、法律をよく守った」。同書は、使徒パウロの言及した「上にある権威」すなわち「上位の権威」が人間の政府の権威であることを正しく認識していました。(ローマ 13:1,ジェームズ王欽定訳)1904年に、「新しい創造物」という本は、真のクリスチャンは「当代最もよく法律を守る人々の中に含まれていなければならず、政治運動を行なったり、すぐに文句を言ったり、あら捜しをしたりすべきではない」と述べました。一部の人たちはこれを、現存する権力への全面的服従を意味すると理解し、第一次世界大戦中は軍隊での務めを受け入れることまでしました。しかし、軍務に服するのは、「すべて剣を取る者は剣によって滅びる」と述べたイエスの言葉に反する、とみなす人たちもいました。(マタイ 26:52)上位の権威に対するクリスチャンの服従に関して、より明確な理解の必要なことは明らかでした。

1929年、多くの政府が神の命じておられる事柄を法律で禁じたり、神の律法が禁じている事柄を行なうよう要求したりするようになっていた時期に、上にある権威とはエホバ神とイエス・キリストであるに違いないと考えられるようになりました。エホバの僕たちは、第二次世界大戦の始まる前から大戦中、またその後の恐怖の均衡と軍備競争の冷戦へと続いた危機の時代の間、そのように理解していました。顧みると、エホバとそのキリストの至上性に重きを置くこの見方は、神の民がその困難な時代を通じて妥協することなく中立を保つ助けになった、と言うことができます。

1961年に「新世界訳聖書」が完成しました。これを準備するには聖書本文の語法を綿密に研究することが必要でした。ローマ 13章だけでなく、テトス 3章1節と2節、またペテロ第一 2章13節と17節などでも使われている語句が厳密に翻訳された結果、「上位の権威」という語は、至上の権威であるエホバとみ子イエスではなく、人間の政府の権威を指していることが明らかになりました。1962年の末、「ものみの塔」誌に、ローマ 13章を正確に説明すると共に、C・T・ラッセルの時代よりも明確な見解を示す記事が載せられました。それらの記事は、政府の権威に対するクリスチャンの服従が全面的なものではあり得ないことを指摘しました。その服従は相対的なものでなければならず、神の僕が神の律法に背く結果にならない場合に限定されます。「ものみの塔」誌のその後の記事でもその重要な点が強調されました。

こうしてエホバの民は、ローマ 13章を正しく理解するためのかぎを得たことによって、政治上の権威にふさわしい敬意を払うことと、肝要な聖書的原則に基づいて妥協のない立場を保つこととの平衡を取れるようになりました。(詩編 97:11。エレミヤ 3:15)また、神との関係や自分たちと国家とのかかわりについて適正な見方ができるようにもなりました」。

 この記事の中で、村本氏が「意図的に隠して教えない」と述べるどの点が隠されているでしょうか。

 何も隠されていません。
 ですから、エホバの証人の間において、「上位の権威」に関する教理の変貌の歴史は明らかです。
 結局のところ、村本氏は、『エホバの証人の組織は信者に対し何かと隠しだてをするものなのだ』、と人々に信じ込ませたいがために、「上位の権威」の教理の歴史について触れてはいても、ラッセルの時代についての言及は欠けているという内容の記事を発見し、都合よく利用したということにすぎません。
選挙登録
 さらに村本氏は、選挙のための登録についても述べています。

「確かに日本の公職選挙法では、選挙管理委員会が住民登録台帳を元に有資格者をほぼ自動的に選挙人に登録してしまう。従って日本人で住民登録をして資格があれば、積極的に行動を起こさなくとも選挙人登録は終了してしまう。エホバの証人は住民登録に反対するわけではないから、彼らも自動的に選挙人に登録される。しかしアメリカやヨーロッパなどの外国では事情は全く異なる。選挙人登録は決して役所が自動的に行ってはくれない。自分で必要な書類を作成し、証明する書類を添付して正式に申し込まなければならない。これは結構面倒な手続きで、申込者が積極的に行動を起こさなければならない。アメリカやヨーロッパの自動的に選挙人登録をしない国々で、どれだけのエホバの証人がこのような面倒で必要も無い選挙人登録をしてきたというのだろうか。この筆者の住むアメリカでは、少なくとも選挙人登録をしているエホバの証人は、信者になる前に登録した人々を除いて、皆無である。これに対しごく最近、少なくともドイツやフランスでは、政治情勢に押されて自発的に選挙人登録をするエホバの証人が出てきているのである。もし無条件で投票に参加しないという態度が一貫しているのであれば、なぜこの時点で面倒で必要も無い選挙人登録を始める必要があるのだろうか。上の「記者クラブ」の主張は彼の無知の暴露か意図的な欺瞞でしかなく、この疑問に答えることはできない」。

 国ごとに異なる選挙人登録に関する指摘は、それ自体は間違っていません。

 しかし、別に本サイトが「この疑問に答えることはできない」などということはありません。
 同じルールのもとにあっても、国によって、状況によってエホバの証人の行動は変わり得ます。
 本サイトは先の記事においてこう述べました。

「たとえば日本では、国民は成人すると自動的に選挙登録されますが・・・」

 この言葉から分かるように、本サイト運営者は、選挙登録に関してエホバの証人の置かれる状況が国によって違うことを認識しており、それを前提に話を進めています。

 村本氏はそれを逆手に取っているように見えます。
 そこで、本サイト運営者はこの点に関して、無知でもなければ、欺瞞を用いる詐欺師でもありません。
 先の記事は、『選挙登録に関するエホバの証人の行動は国によって異なる』という事実の背後には、「選挙人登録に関するエホバの証人の教理上の立場は変化していない」という事実があると指摘するものです。
 選挙登録について、エホバの証人の世界に統一したルールはありません。
 ですから、同じ国で同じ状況に置かれたエホバの証人が、選挙登録を行ったり、一方で選挙登録を行わなかったりということはあり得ることですし、国の情勢などの事情によって、ある国のエホバの証人が一斉に選挙登録をしたり、そうでなかったりということもあり得ることです。
 村本氏が述べていることはそういうことにすぎません。
 そのような事実を指摘してみたところで、本サイトが先の記事で述べた、「選挙人登録に関するエホバの証人の教理上の立場は変化していない」という言葉が否定されるわけではありません。
 投票所に行くことはあっても投票を行わないなら、エホバの証人の中立の立場が損なわれることがないのと同様、選挙登録も、それ自身はエホバの証人の中立を損なうものではありません。
 とはいえ、一般的に、エホバの証人が選挙登録を行うことが、投票することと同等に見られる地域があるとするなら、どうでしょうか。
 その国のエホバの証人の行動は、先に言及したカメルーンのそれと同じものとなるでしょう。
 なお、本サイトの前の記事では言及し損なっていた点があります。
 村本氏が「エホバの証人情報センター」で述べた、「最近のフランスとドイツのエホバの証人からの報告によりますと、各地の会衆で、証人たちは選挙人の登録をするように、口頭で指示されたそうです」という点について、本サイトは何かの事実を確認したわけではありません。
 この点、村本氏が今になって、このように述べていることは注目できる点です。

「ごく最近、少なくともドイツやフランスでは、政治情勢に押されて自発的に選挙人登録をするエホバの証人が出てきているのである」

 もしかすると、村本氏の言うところの「指示」とは、実際には指示ではなく説明だったのかもしれません。

盲従か
 村本氏はさらに、教理上の決定を行うエホバの証人の統治体のあり方に疑問を提起しています。

「この一見常識的で柔軟に見える統治体の役割に関する主張には、実は重要な問題が内在している。それは、上の「記者クラブ」の引用にある、「聖書からはっきりと結論が導けるような場合を除き」という条件だ。聖書からはっきり結論を導ける問題に関しては、誰もが同じように行動するのは当然だ。エホバの証人であろうがなかろうが、統治体がなんと言おうと、人殺し、盗み、嘘をつくこと、これらは全ての人が一致して同じ行動をとるはずだし、それが現実になっている。問題は、上に述べた投票の例や上位の権威の解釈などのように、人によって場合によって聖書の解釈が異なる場合である。一体誰が、「記者クラブ」の言う「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かどうかを決めるのだろうか。エホバの証人個人が、自分の良心に基づいて上位の権威は何をさすかを決めることができたのだろうか。もちろんこれは否である。ただ一つ統治体のみが、どこまでが「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かを決めることができる。エホバの証人がいくら個人で聖書を勉強し、自分の聖書に基づいた良心を訓練して、ある問題が「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かどうかを判断しようとしても、もしこれが統治体によって決められていれば、そこには個人の良心の自由もなければ、自分の意志の表示の自由もない。」

「つまり統治体が見解を発表したことに関しては、エホバの証人は聖書によって訓練された良心に基づいて行動するのではなく、統治体の見解に盲従するしかないのだ。これこそ、人間の指導者に対する盲従であり、戒律主義以外の何ものでもない。」

 これは、統治体の果たす役割に関するエホバの証人の考えを強引に無視した主張です。

 また村本氏は、宗派の多様性の問題や、宗派の主体性の問題を、自由の問題と取り違えているように見えます。
 エホバの証人の統治体が、特定の教理を「聖書からはっきりと導ける」と考えた場合、統治体はそのことを説明することによって、エホバの証人の同意を求めます。
 このとき必要なのは“説明と合意”です。
 どちらかが欠けていてはなりません。
 教理上の決定に伴って、統治体が必要な説明を証人たちに行い、証人たちがそれを受け入れるなら、それは問題にならないはずです。
 ですから、統治体はそのために努力を払ってきましたし、統治体のこの姿勢は証人たちの評価を得、また同意も得てきました。
 こうして、キリスト教の特定宗派は成立し、信者たちはそこで信仰と良心の安寧を得ます。
 もしも誰かが、この点で「自分の良心は損なわれている」とか「自分の自由は侵害されている」などと思うようなら、それは宗派の問題なのですから、その人は自分の信仰と良心に沿った、良心的に正しい行動をとるはずです。
 その人は、必要な説明を受けた後、合意しなかった人と見なされるでしょう。
 エホバの証人という宗教は、この世に存在するあらゆる聖書解釈に対して寛容な宗教では決してありません。
 この世の中にあるあらゆる聖書解釈の自由を統治体が尊重するなら、それはキリスト教世界そのものとなり、もはや『宗派』とは呼べなくなるでしょう。
 また、そのようにして際限なく信仰の自由を尊重する人たちは、聖書のこの言葉を軽視していることになります。

『さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなた方に勧めます。あなた方すべての語るところは一致しているべきです。あなた方の間に分裂があってはなりません。かえって、同じ思い、また同じ考え方でしっかりと結ばれていなさい。』

 聖書が分裂ではなく一致を勧めているのはなぜでしょうか。

 それは、神に是認を得る基準というものが神ご自身によって定められているからです。
 それを十分に念頭に置かない人たちの集まりについて、聖書はこう述べています。

「会衆に集まるとき、あなた方の間に分裂があると聞いています。そして、わたしはある程度それを信じます。あなた方の間には派もあるに違いないからですが、それは、是認される人たちがあなた方の間で明らかになるためでもあります。」

 そこで聖書はこのように勧めています。

「兄弟たち、あなた方に勧めますが、あなた方が学んだ教えに逆らって分裂とつまずきのきっかけをもたらす人たちに目を留め、その人たちを避けなさい。」

 ですから、エホバの証人の統治体の果たす役割は、説得と理解によって人々を従わせ、キリスト教の一致をもたらすことであって、村本氏の言うような、盲従(戒律主義)を強いることではありません。

 また当然のことながら、その一致をもたらすにあたって統治体は、証人たちに対し聖書の正しい理解を説かなければなりません。
 統治体は、投票の是非について論じるにあたって、偶像にささげられた肉について述べた聖書の手本に倣うことにより、自身の見解が正しいことを証明しました。
 本サイトのクリスマスケーキに関する解説も同様です。
誕生日について
 村本氏は、自らの批判意見を証明するものとして、誕生日に対するエホバの証人の立場を問題にしています。

「そのような盲目的戒律主義の実際的な例は、誕生日の祝いの例によく見られる。聖書を一度でも読んだことがある人であれば、聖書のどこにもはっきりと誕生日を祝うことを禁じている箇所はないことを知っている。従って多くの聖書に従う人々は個人個人の聖書に培われた良心に基づいて、誕生日を祝うか祝わないかを決定している。それに対し、エホバの証人に関しては誕生日を祝うか祝わないかは統治体のレベルですでに決定されていて、そこに良心に基づいた決定の自由は許されていない。「記者クラブ」の言うようにもし、統治体は誕生日に関してただ「聖書はこのように述べています」と教えるだけなら、誕生日はただ聖書の中で二個所、否定的な文脈の中で述べられているだけで、大部分の理由は聖書以外の引用によっているのだから(「論じる」の本によれば、誕生日を祝わない理由は、「キリスト教と教会の最初の3世紀間の歴史」、「インペリアル聖書辞典」、「シュベービッシュ・ツァイトゥンク(ツァイト・ウント・ウェルト紙の別刷り雑誌)」、「誕生日に関する伝承」などの本の記述によっており、聖書の引用にはどこにもクリスチャンが誕生日を祝うべきではないとは書いていない)エホバの証人の間に「聖書に訓練された良心に基づいて」誕生日を祝う人がいるはずである。ちょうど「記者クラブ」がクリスマスケーキについて多くの要素を考えたように、誕生日の祝いについても多くの要素を考えることができる。たとえば、「エホバはファラオやヘロデのような派手な祝いは好まないので避けよう、しかし人が誕生したことを祝うこと自体にエホバが反対していないことはルカに書かれたイエスの誕生の喜ばしい記載を見てもわかる、ヨブとその息子達は誕生日をエホバに感謝する日として祝い、そのことをエホバは是とした、従って私はヘロデのような派手な祝いはしないが、ヨブのように家族と共に自分の生まれたことをエホバに感謝する日として祝おう」とあるクリスチャンが聖書に培われた良心に基づいて結論しても、クリスマスケーキの例と同様に個人の決定として許されるはずである。しかし現実にはエホバの証人は百パーセント誕生日を祝わず、公然と誕生日を祝ってそれを会衆内で悔い改めなければ、その証人は排斥になるのだ。それはなぜか。エホバの証人は統治体が見解を発表したこについては、聖書に培われた良心に基づいて別の見解をとることができず、盲目的に戒律として従わなければならないからだ。」

 この点についてはどうでしょうか。

 誕生日の祝いについては、それが今でも異教に癒着する風習であるということが最大の問題点です。
 聖書は誕生日にの是非について直接には何も述べていませんが、その問題を解決するための考え方ははっきりと示しています。
 ですから、聖書に基づいて自分の良心を働かせ、こうして正しい決定を下すことに関心を持つクリスチャンたちは、聖書の中に誕生日に関する言及が数カ所あるだけだということを理由にこの問題を軽視したりはしません。
 たとえ聖書の中に誕生日に関する記述が一切見られなかったとしても、誕生日の祝いが異教に癒着していることさえ分かっていれば、円熟したクリスチャンにとってそれは解決を要する問題であるはずです。
 しかも、このような時に考えることは聖書に示されているわけですから、結論はそれに一致したものとなるべきでしょう。
 ですから、エホバの証人の統治体が、この問題について一つの結論に達し、それを証人たちに教えるのは正当なことと言えます。
 イエスの誕生は聖書の中で喜ばしいこととされていますが、そのことは誕生日の概念と結びついていません。
 また、ヨブの息子たちの祝った祝いも、それが誕生日であったとは断定できないばかりか、聖書自身、それを良いとも悪いとも述べていません。
 円熟し、自分で考えて聖書から正しい結論を下せるようになったクリスチャンにとって、このような決定的でない理由を持ち出して、異教に関わる祝いを正当化することは極めて危険なことであるはずです。
輸血について
 さらに村本氏は、輸血に対するエホバの証人の立場を問題にしました。

「もう一つの簡単な例を挙げれば、輸血、特に成分輸血の問題がある。もちろんエホバの証人以外の聖書を読む人間は、輸血禁止が「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」であるとは結論できないのであるから、輸血を受けるか受けないかを「聖書に訓練された良心に基づく決定」でなく「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」としてしまうこと自体にそもそも大きな問題があるのだが、ここでは百歩譲って聖書の「血から避ける」という言葉が現在の医療行為としての輸血をも含む禁止であることが「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」であるとしよう。それでは一体、血漿の使用を禁止することがなぜ「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」になるのであろうか。血漿とは血液の液体成分であり、水とアルブミン、グロブリン、フィブリノーゲン、などの蛋白質、凝固因子、無機質の合わさったものである。これらの個々の血液分画は「教理上のインフォームド・チョイス」として個々のエホバの証人の個人的判断によって受けるか拒否するかを決めることができる。しかしこれらの「インフォームド・チョイス」を組み合わせただけの血漿になると、「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」となり、全てのエホバの証人は拒否しなければならない。しかし、誕生日の例より更に始末の悪いのは、統治体が血漿を禁じてその分画を禁じない理由を「この問題について聖書はこのように述べています」と聖書から示すことができないのだ。ここでは聖書に一切関係なしに、統治体が血液成分のどの分画は禁じられており、どの分画は禁じられていない、という教理を作り上げ、それをエホバの証人は個人の良心に関係なく「聖書に基づく真理」と思い込んで盲従し、その人工の「戒律」に従って命を落としているだけなのだ」。

 この主張は、エホバの証人の輸血拒否の信条をはじめとする、聖書に基づく様々な信条の持つ性質を逆手に取っているにすぎません。

 昔のエホバの証人にとって、輸血が正しい行為かどうかという問題は、極めて単純な問題でした。
 というのも、当時は成分輸血はまだなく、ただ全血の輸血に関して議論があっただけだからです。
 その頃は、聖書から「血を食べてはならない」とする聖句を引用し、その根拠、もしくは理由について論じ、その論議に基づいて、「輸血は受け入れることができない」という結論を下すだけで十分でした。
 そしてこれは、「聖書からはっきりと結論が導ける場合」にあたります。
 しかし、後に、成分輸血や血液から分画された成分の使用が行われるようになると、「血液に由来していても、直接的には血液ではない成分」のことが取りざたされるようになってきました。
 この問題について、聖書から明確な指針を得ることはできるでしょうか。
 聖書は、「血を食べてはならない」と命じる一方で、血抜きした肉に含まれている血については、血とは見なさないという考えを示しています。
 このことからすると、血そのものは避けているべきでも、その「成分」については別の考え方ができるかもしれません。
 とはいえ、この問題について、聖書から明確に導かれる結論というものは存在しないように見えます。
 つまり、この問題は、村本氏も指摘しているように、「聖書からはっきりと結論が導けない場合」になります。
 このような場合、エホバの証人の統治体はどのような態度をとるべきでしょうか。
 「聖書からはっきりと結論が導ける場合」については、統治体はそれをはっきりと示し、説明し、それを守り行うように証人たちに求めなければなりません。
 一方、「聖書からはっきりと結論が導けない場合」については、統治体は判断を証人たちに委ね、同時に「許容の限界」を示さなければなりません。
 これは、この一連の記事で扱われた、投票の問題、偶像にささげられた肉の問題、クリスマスケーキの問題と同じです。
 投票の問題の場合、統治体は、「聖書からはっきりと結論が導けるもの」として、投票そのものについては「行ってはならない」と述べますが、投票に付随する行為、すなわち、選挙登録することや、ただ投票所に行くことなどの「聖書からはっきりと結論が導けないもの」については譲歩し、ただ「許容の限界」を示して判断を個々の証人に委ねています。
 偶像にささげられた肉の問題については、聖書はそれを食べることを明確に禁じていますが、曖昧な問題、すなわち、市場で売っている出所がわからない肉については判断を控え、それは食べてよいと述べました。
 クリスマスケーキの場合、「エホバの証人記者クラブ」情報部の記事は、クリスマスケーキそのものについては、それを「聖書からはっきりと結論が導ける場合」とみなし、「それは食べてはならない」と述べましたが、クリスマスの時期に食べる、クリスマスケーキかどうか分からないケーキについては、それを「聖書からはっきりと結論が導けない場合」ととらえ、それを食べるかどうかはエホバの証人個人の自由であると述べました。
 輸血の問題について、エホバの証人の統治体は、輸血そのものについては、それを「聖書からはっきりと結論が導ける場合」とみなし、それを禁じましたが、一方で、血液に由来する個々の成分が問題とされたときには、それを「聖書からはっきりと結論が導けない場合」ととらえて譲歩し、さらに「許容の限界」を示すにあたっては、血液の4主要成分を血液と同格とみなし、それら主要成分から分画された成分については、判断を証人たちに委ねました。
 村本氏の指摘は、輸血の「聖書からはっきりと結論が導けない」部分について、「統治体はきちんと譲歩している」とは認めていない点に問題があります。
 すでに見てきた事例からも分かるように、村本氏が繰り返し疑念を示しているような、「どこまでが禁じられていて、どこからが許されるのか」という問題は、数え上げればきりがありません。
 しかし聖書は、そのような問題に対する適切な考え方を示すことにより、クリスチャンを正しく導いています。
 エホバの証人の統治体は、努力を払い、その聖書の教えに従ってきました。
 とはいえ、このような問題に際限というものはなく、すべての人を満足させる答えというものもないため、それを取り上げて攻撃することは、村本氏のような反対者にとってとても魅力的なことです。
 そして、反対者たちはこういったことを述べるにあたり、自ら創案した「エホバの証人の二元論」なる理論を持ち込みます。
 この二元論によれば、「エホバの証人の統治体によって禁じられていない行為」は「認められた行為」であり、「実質的に正しい行為」です。
 しかし、事実はどうでしょうか。
 エホバの証人の統治体が、譲歩にしかすぎないものについて、それを「実質的に正しい」と言うことはありません。
 たとえば、血液の成分を受け入れることについて、エホバの証人の統治体は、「それは個人が判断する」と述べることはあっても、「それは正しいことである」とは断言しません。
 しかし、反対者の理論に従えば、譲歩された事柄は実質的に正しいと認められた事柄なので、こうして統治体は、「聖書から判断できない事柄については譲歩する者」としてではなく、「聖書から判断できない事柄についてまで決定している者」として説明されることになります。
 こうして統治体は、適切に譲歩する者としてではなく、過剰に戒律を作り上げる者として、反対者たちから糾弾されることになるのです。
村本氏は専門家か
 「エホバの証人情報センター」の村本氏は、本サイトが自分に対して用いた表現についてこのように述べています。

「「記者クラブ」はJWICのこの編集者を名指しして、「“エホバの証人の専門家”を自認する人たち」と述べてるが、私は自分自身が“エホバの証人の専門家”と自認したことは一度もないし、決してそのようには思っていない。私はエホバの証人に興味を持ち研究をしているが、専門家ではない。エホバの証人の専門家はエホバの証人自身であるべきだ。自分の宗教の「専門家」にもなれない者がその宗教の信者になっていて、エホバの証人になったことも、なるつもりもない人間をつかまえて「エホバの証人の専門家」などと呼ぶのは笑止のさたとしか言いようがない。」

 これは、村本氏自身のメンタリティの問題であるように思えます。

 彼は、自分のサイトの表題に続けて、「このウェブサイトは、エホバの証人とものみの塔の正しい知識と理解を広めるためのものです」と記しており、そのうえ、サイトの中ではエホバの証人のことを徹底的に批判しています。
 本サイトは先の記事において、「いわゆる“エホバの証人の専門家”たち」について述べました。
 その記事は、「エホバの証人の専門家たちとは直接的に村本氏のことである」と述べたわけではありませんでした。
 しかし、事情を考慮するなら、その「専門家たち」の中に村本氏を含めるのは妥当だと言えるでしょう。
“新しい光”について
 村本氏は最後に、「新しい光」という語の用法について、本サイトの先の記事が指摘した事柄に答えています。

「これに関しては「記者クラブ」は部分的に正しいと言える。確かに現代のエホバの証人の間では「新しい光」(New Light)を教理の変更に適応することは少なくなっている。最近では「新しい理解」、あるいは「光」を使うなら「輝きを増した光」という表現の方が広く使われているようだ。しかし、一昔前、特に1970年以前、特に1950年代の出版物には「新しい光」が「忠実で思慮深い奴隷」が発表する新しい教理、教理の変更を意味する言葉として瀕回に使われていた。なぜ昔一般に使われた「新しい光」という表現を最近になってものみの塔が使用しなくなってきたのかは不明である。協会の言う「反対者」、「背教者」が瀕回な教理の変更を批判するのに余りに多く使ったために、元々「神権用語」であったものが今では「政治的に正しくない差別用語」に変化してしまったと私は考えている。しかしこの表現は「記者クラブ」の主張するような「誤解を与えるような表現」では決してなく、ものみの塔の出版物で瀕回に使われた公式の用語なのだ。「記者クラブ」が1980年以前の出版物を詳細に調べてみれば、彼の主張が誤解に基づいていることがわかるであろう。」

 村本氏は、「新しい光」という表現が「元々「神権用語」であった」と述べていますが、それを言うなら、この表現は「もともとは英語の慣用表現であった」と言うべきです。

 それに、この表現は、今でもエホバの証人にとって神権的な表現です。
 それはともかくとしても、村本氏のこの反論は、本サイト運営者の述べようとしていることをあいかわらずはぐらかそうとしているように見えます。
 本サイトが先の記事で指摘したのは、「“エホバの証人の専門家”を自任する反対者たちは、エホバの証人の用いる「新しい光」という表現を誤解を与える仕方で多用している」ということです。
 その記事は、この説明として二つの点を指摘しました。
 それは、1980年以降のエホバの証人の出版物がほとんど「新しい光」という表現を使っていないこと、そして、「新しい光」という表現のエホバの証人の正しい用法です。
 それに対し村本氏は、これまで自分が「新しい光」という表現に関する誤解をネット上に広げてきたことは全く取り上げず、ただ、昔のエホバの証人は今よりも「新しい光」という表現を多用していたという事実を指摘をしただけで、「しかしこの表現は「記者クラブ」の主張するような「誤解を与えるような表現」では決してなく、ものみの塔の出版物で瀕回に使われた公式の用語なのだ」と、筋の通らない結論へと話をもっていっています。
 ここで村本氏は、情報部の先の記事が指摘した「この語の間違った用法」について答えるべきだったのではないでしょうか。
 例えば、しばしば反対者たちが「新しい光」という表現とセットにして用いるこのような表現です。

「もちろんエホバの証人は、統治体のみがエホバのご意志を行っているから、エホバから統治体への指導が変わったのだ、と自分に言い聞かせて苦し紛れの理由付けをするかもしれません。しかし統治体の老人の頭にのみ、テレパシーのようにエホバの司令が来て途端に「聖書に基づく立場」が変わるのでしょうか。そのような「信仰」は本当に聖書に書かれていることと調和するのでしょうか。それとも人間の指導者に盲従するカルト信者と同じ態度でしょうか・・・ものみの塔協会は、皮肉なことにこのような「世」の体制の圧力によって、自家製の「聖書に基づく立場」を変えたのです。1999年11月1日の「新しい光」、「新しい理解」はこのような「世」との妥協の産物なのです。この事実は、エホバの証人の信じさせられている「エホバの真理」が、実は、ものみの塔協会という極めて「世的」で「政治的」な団体が、自分たちを取り巻く政治的な状況に従って作り上げたただの政策に過ぎないことを端的に物語っています。 」

 こういう表現の用い方が、エホバの証人のことを正確には知らない外部の人たちにどのようにして誤解を広めるかは、想像に難くありません。

 しかし、いったいエホバの証人の誰が、「統治体の老人の頭にはテレパシーのようにエホバの指令が来る」などと信じているというのでしょうか・・・。
結語
 村本氏は、「エホバの証人とものみの塔の正しい知識と理解を広める」と公言しておられるのですから、自ら誤解を生じさせる表現や論法を多用されるのは自粛していただきたいと思います。

資料
エホバの証人情報センターの反論記事

「エホバの証人記者クラブ」の「投票は解禁されたのか」に対する反論

「エホバの証人記者クラブ」と題する無名の主宰者によるウェブサイトは、「投票は解禁されたのか」という記事を掲載し、このウェブサイトと編集者を名指しして批判している。その記事は、JWICの「エホバの証人は聖書に基づく良心によって投票を拒否してきたのでしょうか」の記事を詳細に反論したものだ。何人かの読者から、これに対する反論を行うように要請されたので、ここにこの「反論に対する反論」を掲載して読者に問題点を明らかにしたい。

1950年のものみの塔誌の引用について

まず、「記者クラブ」は「ものみの塔」誌(英語)、1950年11月15日号、445,446頁の引用をあげて、1950年にすでに、投票を義務づけられている国では投票所に行くことができる、という教えが出ていることから、1999年11月1日の「読者からの質問」は教義の変更ではなくそれまでの教義の確認であるとしている。

「ものみの塔」誌(英語)、1950年11月15日号、445,446ページはこう述べました。「カエサルが市民に投票を義務づけているところでは・・・・・・ [ 証人たち ] は投票所に行き、投票用紙記入所に入ることができる。そこでは、投票用紙に印を付けるか、何を支持するかを記入するよう求められる。投票者は、投票用紙について自分の望むところを行なう。それで今、神のみ前にいる者として証人たちは神のおきてに調和し、自らの信仰にしたがって行動しなければならない。投票用紙をどうするかについて指示するのはわたしたちの責任ではない」。(ものみの塔1999年11月1日29頁)
「記者クラブ」はこの部分を使って次のように述べている。

「ものみの塔」誌自身が指摘しているように、投票に関するこの教理は1950年以来変更されていません。しかしながら、何らかの理由により、村本氏はこの記述の存在を意図的に無視しているように見えます。

しかし単純に考えれば、もし教義がこの50年間に変更していないとすれば、なぜ50年も前の記事を引用してきて、それ以後のもっと最近の記事で、この教義の変更がないことを示すことができないのか、と疑問に思うのも当然であろう。その理由は、実はそのような教えはその後の50年間、一切ないからだ。「記者クラブ」がここで述べていないことは、ものみの塔の教えの多くは時間と共に二転三転することである。この1950年の記事の14年後の1964年5月15日のものみの塔誌は、次のように書いている。

政治選挙の場合にどんな態度をとるべきかという事は、円熟したクリスチャンにとって少しも問題ではありません。全体主義の国では法律によって投票が義務づけられていることも多く、家から投票場まで連れて行かれる場合さえあります。民主主義の国でさえも、投票が法律上の義務になっている国があります。どの国においてもエホバの証者は政治に参加しません。エホバの証者はこの世のものではありません。(ヨハネ、一七ノ一四)従って選挙のさいに投票に参加しないのです。彼らは政治の問題で自分たちの中立の立場を妥協させません。−ものみの塔(英語版)1964 年5月15日308頁

確かにこの記事でも、もし投票所に連れて行かれることになれば、無効投票をするように教えているが、たとえ国や法律が義務づけていても、「どの国においても」投票に参加しないことが第一の教えになっている。ここにはどこにも、「選挙に立候補した人に個人として投票するかどうかについて、エホバの証人は各自、聖書によって訓練された自分の良心と、神および国家に対する自分の責任に関する理解に基づいて決定します」(ものみの塔1999年11月1日29頁)などという柔軟性のある指導はなく、無条件で「投票に参加しない」ことを宣言している。この1964年の記事を読んだエホバの証人が「それでは」と言って自発的に投票所へ行って無効投票をすることを考えるだろうか。

そして1970年のものみの塔誌では、「エホバの証人は聖書に基づく良心によって投票を拒否してきたのでしょうか」の記事に紹介したように、カメルーンで義務づけられた投票場へ行くことを拒否したエホバの証人が迫害されたことを詳細に述べている。しかし、その記事には1950年11月15日の記事の引用は一切されておらず、「投票所に行くことにした人がいても、それはその人の決定です」(ものみの塔1999年11月1日29頁)とカメルーンのエホバの証人に、迫害を受けずにすむ方法の選択があったことも一切述べていない。この記事は終始カメルーンのエホバの証人の妥協しない態度を賞賛しており、当然エホバの証人はこれを手本として自分達の投票に対する絶対拒否の態度を決めてきた。

他にも「記者クラブ」が引用しないものみの塔の記事で、政治的な投票を無条件で否定している所はいくつもある。「エホバの証人は聖書に基づく良心によって投票を拒否してきたのでしょうか」の記事で紹介したように1974、1975、1986、1989年のものみの塔誌はすべて、無条件で投票に参加することを否定している。

投票に関する教えは1950年以来変わっていないという主張について

このように見てくると、一見「記者クラブ」の言うように、1999年11月1日のものみの塔の記事は、1950年の教えに戻り、その間の無条件投票参加拒否の教えから、「投票が義務づけられた国では、投票の内容に関係なく少なくとも投票場に[自発的にでも強制されてでも]行くことは構わない」という教えに戻ったように見える。しかしこれは「記者クラブ」の言うように過去50年間教義の変更がないことを意味するのであろうか。少なくとも「未信者である夫がエホバの証人の妻に投票に行くことを強いる場合に投票に行くことを誰も批判すべきではない」、という教えは日本の国に最もよく適応される状況であるが、このことに言及した教えは1999年11月1日以前には一切ない。実際、日本の未信者の夫で妻を投票に連れて行こうとした時に、素直に妻が従ってきたという経験をした夫が1999年以前にどれだけいたであろうか。もし1999年11月1日の教えが新しいものでないとすれば、日本の未信者の夫の多くはエホバの証人の妻が素直に投票についてきたのを経験しているはずであるが、これはこの50年間の現実の体験であろうか。読者のエホバの証人を妻に持つ夫の体験を聞きたいものだ。

このように「記者クラブ」が混乱しているのは、ものみの塔の教えに一貫性がないことに起因している。このようなものみの塔の不可解な一貫性のない教えを理解する鍵は、「記者クラブ」が意図的に明らかにしていない1950年11月15日の記事の全体の内容である。この記事は「上位の権威への服従」と題して、ローマ13:1-7に言及されている「上位の権威」が何をさしているのかを論じるのが主題なのだ。歴史的に見てエホバの証人は最初、この「上位の権威」を大多数の聖書の解釈者と一致させて、この世の政府、あるいは人間の支配者、と解釈していた。しかし「光が増えた」ことにより第二代会長のラザフォードの時代の1929年に「上位の権威」は神とイエスキリストをさすという解釈に変えられた。この1950年11月の記事は、このラザフォードのもたらした教義を詳細に解説したものである。そこでは、キリスト教世界がいかに「上位の権威」の解釈を履き違えてこの世の政治権力に服従してしまったかを糾弾し、いかにエホバの証人の当時の「上位の権威」の解釈が正しく、キリスト教世界の解釈が間違っているかを強調している。

しかし、この間違っているはずのキリスト教世界の解釈はなんと1962年に、何事もないかのように新しい光としてエホバの証人の教義に取り入れられている。この間のいきさつは、ものみの塔協会自身が書いた歴史に、「光はいっそう輝きを増す」と題して次のように語られている。

*** 告 147 10 真理の正確な知識において成長する ***
そのような漸進的な理解は,彼らの現代史の初期に限られていたわけではありません。それは現在までずっと続いています。例えば,1962年には,ローマ 13章1節から7節の「上位の権威」に関する理解に調整が加えられました。

多年にわたり,聖書研究者たちは,「上にある権威」(欽定)とはエホバ神とイエス・キリストであると教えていました。なぜでしょうか。「ものみの塔」誌(英文),1929年6月1日号と6月15日号は,世俗の様々な法律を引き合いに出し,ある地域で許されている事柄が別の地域では禁じられているということを示しました。また,神が禁じておられる事柄を行なうよう人々に要求したり,神がご自分の僕たちに命じておられることを禁止したりする世俗の法律にも注意が向けられました。聖書研究者たちは神の至上の権威に敬意を示したいと真剣に願っていたので,「上にある権威」はエホバ神とイエス・キリストであるに違いないと考えました。それでも世俗の法律には従いましたが,まず強調されたのは神への従順だったのです。これは大切な教訓でした。そのおかげで彼らは,世界が騒乱に巻き込まれたその後の時期に力を得ることができました。しかし,ローマ 13章1節から7節が述べている事柄については,はっきり理解していなかったのです。

何年も後に,その聖句の文脈や,聖書の残りの部分全体を考慮に入れた意味などが入念に再検討されました。その結果1962年に,「上位の権威」とは世俗の支配者たちであることが明らかになりました。しかし,「新世界訳」の助けにより,相対的な服従の原則もはっきり理解されました。 世の政府に対するエホバの証人の態度はそれによって大きく変化したわけではありませんでしたが,聖書の重要な部分に関する理解は確かに訂正されました。その過程で,エホバの証人各自は,神と世俗の権威の両方に対する責任を本当にしっかり果たしているかどうかをじっくり考える機会を得ました。「上位の権威」に関するその明快な理解はエホバの証人を保護する役目を果たしました。国家主義や民族主義が高まり,より大きな自由を求める叫びが上がったために,暴力行為が発生したり新しい政府が作られたりした国々では特にそう言えます。−「エホバの証人―神の王国をふれ告げる人々」147頁

しかし「告げる人々」の記事が意図的に隠して教えないことは、この同じ「上位の権威」の解釈が1929年代以前にはエホバの証人の解釈であったことであり、それがラザフォードにより1929年にキリスト教世界の解釈として捨て去られたことである。実際、「神の目的とエホバの証人」(1959年英文、91頁)には、このような以前の「上位の権威」の解釈を「偽りの教理と慣行」の例として挙げて、「組織から一掃される」必要があったとしている。従って光の譬えを使うのなら、これは何も1962年に光が増したのではなく、以前に有害な光としてごみ処理場の穴に埋められていたものを、掘り返して泥を払っていかにも新しい光のように見せかけているだけなのだ。

それではこのような「上位の権威」の解釈の二転三転の歴史と、「記者クラブ」が強調する1950年11月の記事の内容とはどのような関係があるのだろうか。端的に言うなら、1950年の記事は、現在では偽りの教理と考えられているものを教えている記事なのだ。もし現在、この1950年の記事の筆者が生きていて同じ事を会衆で教えれば、彼はたちまち「偽りの教え」を教える「背教者」として排斥されるであろう。「記者クラブ」がそれ以後に繰り返されるものみの塔の記事の教えを無視して1950年の記事に固執し、1999年11月1日の記事が1950年の記事を引用してあたかも教理に変更が無いかのように粉飾をはかるのは、このような偽りの記事の中に前後を切り離して現在再利用できる部分を見つけたからだ。再び譬えを使えば、有害ごみ処理場からこっそりと再利用可能な部品を見つけてきて、それが有害ごみであることを知らせずに再利用しているに過ぎないと言えるであろう。

選挙人登録について

「記者クラブ」は選挙人登録については、エホバの証人は問題なく行ってきたと主張する。

しかし、そもそもこの記事は選挙人登録については一言も触れていませんし、それ以前に、選挙人登録に関するエホバの証人の教理上の立場も変化していません。 たとえば日本では、国民は成人すると自動的に選挙登録されますが、エホバの証人はそのことを受け入れ、異議を唱えていません。 以上の事実から明らかなように、投票に関するエホバの証人の見方は変わっていません。

これは「記者クラブ」の外国の選挙制度に関する無知の反映に過ぎない。確かに日本の公職選挙法では、選挙管理委員会が住民登録台帳を元に有資格者をほぼ自動的に選挙人に登録してしまう。従って日本人で住民登録をして資格があれば、積極的に行動を起こさなくとも選挙人登録は終了してしまう。エホバの証人は住民登録に反対するわけではないから、彼らも自動的に選挙人に登録される。しかしアメリカやヨーロッパなどの外国では事情は全く異なる。選挙人登録は決して役所が自動的に行ってはくれない。自分で必要な書類を作成し、証明する書類を添付して正式に申し込まなければならない。これは結構面倒な手続きで、申込者が積極的に行動を起こさなければならない。アメリカやヨーロッパの自動的に選挙人登録をしない国々で、どれだけのエホバの証人がこのような面倒で必要も無い選挙人登録をしてきたというのだろうか。この筆者の住むアメリカでは、少なくとも選挙人登録をしているエホバの証人は、信者になる前に登録した人々を除いて、皆無である。これに対しごく最近、少なくともドイツやフランスでは、政治情勢に押されて自発的に選挙人登録をするエホバの証人が出てきているのである。もし無条件で投票に参加しないという態度が一貫しているのであれば、なぜこの時点で面倒で必要も無い選挙人登録を始める必要があるのだろうか。上の「記者クラブ」の主張は彼の無知の暴露か意図的な欺瞞でしかなく、この疑問に答えることはできない。

統治体は情報を提供するだけ、という主張について

「記者クラブ」は統治体の役割について次のように主張している。

この記事において統治体が念頭に置いている責務とは、判断を下すのに必要な聖書の情報を提供することにより、エホバの証人一人一人が聖書的に正しい判断を行えるよう援助することです。これは「教理上のインフォームド・チョイス」と呼べるものです。エホバの証人の統治体ができるのは、あくまで必要な情報の提供です。つまり、「この問題について聖書はこのように述べています」とか、「この問題にはこの聖書のこの原則が関係しています」といった具合に述べることです。ですから、聖書からはっきりと結論が導けるような場合を除き、エホバの証人個人に代わって統治体がエホバの証人の行動を決定することはあってはなりません。

この一見常識的で柔軟に見える統治体の役割に関する主張には、実は重要な問題が内在している。それは、上の「記者クラブ」の引用にある、「聖書からはっきりと結論が導けるような場合を除き」という条件だ。聖書からはっきり結論を導ける問題に関しては、誰もが同じように行動するのは当然だ。エホバの証人であろうがなかろうが、統治体がなんと言おうと、人殺し、盗み、嘘をつくこと、これらは全ての人が一致して同じ行動をとるはずだし、それが現実になっている。問題は、上に述べた投票の例や上位の権威の解釈などのように、人によって場合によって聖書の解釈が異なる場合である。一体誰が、「記者クラブ」の言う「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かどうかを決めるのだろうか。エホバの証人個人が、自分の良心に基づいて上位の権威は何をさすかを決めることができたのだろうか。もちろんこれは否である。ただ一つ統治体のみが、どこまでが「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かを決めることができる。エホバの証人がいくら個人で聖書を勉強し、自分の聖書に基づいた良心を訓練して、ある問題が「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」かどうかを判断しようとしても、もしこれが統治体によって決められていれば、そこには個人の良心の自由もなければ、自分の意志の表示の自由もない。

興味あることに、「記者クラブ」はその記事の最後に「クリスマスケーキを食べるか食べないか」の疑問を例として取り上げて、エホバの証人が「戒律主義」でなく聖書の原則をわきまえて自分で考えて対処していることを説明しようとしているが、そこで「記者クラブ」は次のように書いている。

これまで、エホバの証人の統治体は、クリスマスケーキを食べることについては何も見解を発表していません。ですから、エホバの証人は、聖書によって訓練された良心に基づき、この問題をすべて自分自身で扱わなければなりません。しかし、聖書の見方を知っているなら、どのように考えるべきかについて、エホバの証人が悩むことはないでしょう。

ここでエホバの証人の行動を理解する決定的な鍵は、「統治体は…何も見解を発表していません、ですから、エホバの証人は、聖書によって訓練された良心に基づき、この問題をすべて自分自身で扱わなければなりません」という表現だ。この言葉を別の言葉で言いかえれば、「統治体が見解を発表していれば、その問題は自分自身で扱ってはならない」となる。つまり統治体が見解を発表したことに関しては、エホバの証人は聖書によって訓練された良心に基づいて行動するのではなく、統治体の見解に盲従するしかないのだ。これこそ、人間の指導者に対する盲従であり、戒律主義以外の何ものでもない。「記者クラブ」はその後で幾つかの条件と聖書の教えとを考慮し、ある場合にはクリスマスケーキを食べても構わないが、ある場合には食べてはならないと結論している。しかし同じ考察を統治体がものみの塔の「読者からの質問」で書いて発表し、「円熟したクリスチャンは従ってクリスマスケーキを食べることをしません」と結論したらどうなるであろうか。「記者クラブ」の言う通り、その時点では統治体がクリスマスケーキに関してはっきりした見解を発表したことになり、エホバの証人はもはや自分の頭で考える余地はなく、盲目的にクリスマスケーキの戒律に従うことになっていたであろう。

そのような盲目的戒律主義の実際的な例は、誕生日の祝いの例によく見られる。聖書を一度でも読んだことがある人であれば、聖書のどこにもはっきりと誕生日を祝うことを禁じている箇所はないことを知っている。従って多くの聖書に従う人々は個人個人の聖書に培われた良心に基づいて、誕生日を祝うか祝わないかを決定している。それに対し、エホバの証人に関しては誕生日を祝うか祝わないかは統治体のレベルですでに決定されていて、そこに良心に基づいた決定の自由は許されていない。「記者クラブ」の言うようにもし、統治体は誕生日に関してただ「聖書はこのように述べています」と教えるだけなら、誕生日はただ聖書の中で二個所、否定的な文脈の中で述べられているだけで、大部分の理由は聖書以外の引用によっているのだから(「論じる」の本によれば、誕生日を祝わない理由は、「キリスト教と教会の最初の3世紀間の歴史」、「インペリアル聖書辞典」、「シュベービッシュ・ツァイトゥンク(ツァイト・ウント・ウェルト紙の別刷り雑誌)」、「誕生日に関する伝承」などの本の記述によっており、聖書の引用にはどこにもクリスチャンが誕生日を祝うべきではないとは書いていない)エホバの証人の間に「聖書に訓練された良心に基づいて」誕生日を祝う人がいるはずである。ちょうど「記者クラブ」がクリスマスケーキについて多くの要素を考えたように、誕生日の祝いについても多くの要素を考えることができる。たとえば、「エホバはファラオやヘロデのような派手な祝いは好まないので避けよう、しかし人が誕生したことを祝うこと自体にエホバが反対していないことはルカに書かれたイエスの誕生の喜ばしい記載を見てもわかる、ヨブとその息子達は誕生日をエホバに感謝する日として祝い、そのことをエホバは是とした、従って私はヘロデのような派手な祝いはしないが、ヨブのように家族と共に自分の生まれたことをエホバに感謝する日として祝おう」とあるクリスチャンが聖書に培われた良心に基づいて結論しても、クリスマスケーキの例と同様に個人の決定として許されるはずである。しかし現実にはエホバの証人は百パーセント誕生日を祝わず、公然と誕生日を祝ってそれを会衆内で悔い改めなければ、その証人は排斥になるのだ。それはなぜか。エホバの証人は統治体が見解を発表したこについては、聖書に培われた良心に基づいて別の見解をとることができず、盲目的に戒律として従わなければならないからだ。

もう一つの簡単な例を挙げれば、輸血、特に成分輸血の問題がある。もちろんエホバの証人以外の聖書を読む人間は、輸血禁止が「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」であるとは結論できないのであるから、輸血を受けるか受けないかを「聖書に訓練された良心に基づく決定」でなく「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」としてしまうこと自体にそもそも大きな問題があるのだが、ここでは百歩譲って聖書の「血から避ける」という言葉が現在の医療行為としての輸血をも含む禁止であることが「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」であるとしよう。それでは一体、血漿の使用を禁止することがなぜ「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」になるのであろうか。血漿とは血液の液体成分であり、水とアルブミン、グロブリン、フィブリノーゲン、などの蛋白質、凝固因子、無機質の合わさったものである。これらの個々の血液分画は「教理上のインフォームド・チョイス」として個々のエホバの証人の個人的判断によって受けるか拒否するかを決めることができる。しかしこれらの「インフォームド・チョイス」を組み合わせただけの血漿になると、「聖書からはっきりと結論が導けるような場合」となり、全てのエホバの証人は拒否しなければならない。しかし、誕生日の例より更に始末の悪いのは、統治体が血漿を禁じてその分画を禁じない理由を「この問題について聖書はこのように述べています」と聖書から示すことができないのだ。ここでは聖書に一切関係なしに、統治体が血液成分のどの分画は禁じられており、どの分画は禁じられていない、という教理を作り上げ、それをエホバの証人は個人の良心に関係なく「聖書に基づく真理」と思い込んで盲従し、その人工の「戒律」に従って命を落としているだけなのだ。

このことは「記者クラブ」の上にのべた主張が全くの欺瞞であり、表向きは柔軟で個人の良心を尊重するように見せかける統治体が、実はその本質において聖書の解釈を独占し、その独特の解釈で自分達の絶対的な権力を聖書から正当化し、世界中の何百万というエホバの証人の文字通り命を支配している「羊の皮を着たおおかみ」あるいは「砂糖の衣を着けた毒薬」に過ぎないことを端的に示している。そして、いかに最近の教理変更がカルト色の脱色をはかるものであったとしても、このように人間の指導者に命をかけて絶対の服従をちかうエホバの証人は、その本質において他のカルト集団と変わりはないのである。

「エホバの証人の専門家」という表現について

「記者クラブ」はJWICのこの編集者を名指しして、「“エホバの証人の専門家”を自認する人たち」と述べてるが、私は自分自身が“エホバの証人の専門家”と自認したことは一度もないし、決してそのようには思っていない。私はエホバの証人に興味を持ち研究をしているが、専門家ではない。エホバの証人の専門家はエホバの証人自身であるべきだ。自分の宗教の「専門家」にもなれない者がその宗教の信者になっていて、エホバの証人になったことも、なる積もりもない人間をつかまえて「エホバの証人の専門家」などと呼ぶのは笑止のさたとしか言いようがない。

「新しい光」という表現について

「記者クラブ」は次のように書いている。

また、故意にせよ偶然にせよ、エホバの証人のことをよく知らない人たちに誤解を与えるような表現を多用する人もいます。一例として、村本氏が今回の事例で用いた、「新しい光」という表現について考えてみましょう。エホバの証人は、何かと誤解の原因となるこの表現をめったに使いませんが、“専門家”たちはこの表現を多用しています。先に紹介した村本氏の記事では、「このような「新しい光」と言われる組織の方針の変更が・・・」という言い回しが用いられました。では、この語をエホバの証人はどのように用いているでしょうか?「ものみの塔ライブラリCD-ROM」を用い、収録されている1980年以降のものみの塔出版物の中から「新しい光」という語を検索すると、この語はわずか8回しか使われていないことがわかります。これはたいへん少ない数字です。

これに関しては「記者クラブ」は部分的に正しいと言える。確かに現代のエホバの証人の間では「新しい光」(New Light)を教理の変更に適応することは少なくなっている。最近では「新しい理解」、あるいは「光」を使うなら「輝きを増した光」という表現の方が広く使われているようだ。しかし、一昔前、特に1970年以前、特に1950年代の出版物には「新しい光」が「忠実で思慮深い奴隷」が発表する新しい教理、教理の変更を意味する言葉として瀕回に使われていた。なぜ昔一般に使われた「新しい光」という表現を最近になってものみの塔が使用しなくなってきたのかは不明である。協会の言う「反対者」、「背教者」が瀕回な教理の変更を批判するのに余りに多く使ったために、元々「神権用語」であったものが今では「政治的に正しくない差別用語」に変化してしまったと私は考えている。しかしこの表現は「記者クラブ」の主張するような「誤解を与えるような表現」では決してなく、ものみの塔の出版物で瀕回に使われた公式の用語なのだ。「記者クラブ」が1980年以前の出版物を詳細に調べてみれば、彼の主張が誤解に基づいていることがわかるであろう。


戻る