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最高裁が輸血を拒否する患者の決定権を認める
2000年3月1日更新

2000年2月29日火曜日の午前、最高裁は、エホバの証人の輸血拒否の正当性を認める判決を下しました。

国と医師を訴えていたのは、武田みさえさん(当時66歳の女性)です。

事件は1992年9月に起こりました。
原告の武田みさえさんは、東京大学医科学研究所付属病院で肝腫瘍の摘出手術を受けましたが、エホバの証人の一人として、輸血は受け入れないとの信条を医師に説明しました。
手術に先だって、武田さんは輸血をしないためにどんなことが起きても医師の責任は問わないことを述べた免責証書を提出し、危険な手術になることは承知の上で、無輸血で手術を受けるとの約束を病院側と交わしました。
また執刀医も、「本人の意思を尊重し、万一の時はセルセーバーを使う」と話したため、武田みさえさんはこの医師を信頼しましたが、この約束はあからさまに無視される結果となりました。
患者とのこのような約束があり、患者の希望や信条を熟知していたにもかかわらず、医師たちは、手術室の中の武田みさえさんが麻酔下で意識のないときに、手術室の外で待機していた家族の了承も得ることなく輸血を強行しました。
しかも病院側は、手術後も輸血をした事実を本人にも家族にも明らかにしませんでした。
やがて内部告発によって事実は明らかになり、病院はしぶしぶ事実を認めました。
事実を知ったとき、武田みさえさんはたいへんなショックを受け、放心状態になったと言われています。
彼女はこう説明しています。

「目の前が真っ暗になりました。何でこんなことをされたのか。これからどうしていったらいいのか。どうして医師は輸血をしたのか。頭の中がボーッとしてしまいました。その後も、夜はずっと眠れませんでした」。

武田さんは後に法廷で、それは自分にとって強姦されたに等しい、この苦しみと傷は消えないと述べています。

このような悲劇が再び起こることを憂慮した武田みさえさんは、国と医師を訴え、裁判を起こしました。

第一審の判決は、東京地方裁判所において1997年3月12日に言い渡され、武田みさえさんは敗訴しました。

この判決の中で地方裁は、絶対に輸血を行わないという、患者と医師との間の約束は、そもそもエホバの証人の輸血拒否の信条が「公序良俗」に反しているため、約束されたとしても無効であると述べています。
またこの判決は、医師はエホバの証人の患者に対して、いかなる場合も輸血をしないかどうかを説明する義務を負わないとも述べました。

この時期、法学者の山田卓生(たかお)教授は、「法学教室」誌の中でこのように指摘しています。

「もし、本判決の考え方が通用するとすれば、輸血拒否、そしてインフォームド・コンセントの法理は風前の灯となってしまう」。
彼は強制的な輸血を「だましうちにも近い重大な信頼違反」と述べています。

武田みさえさんはこの判決を不服とし、控訴しました。

この時期、武田みさえさんは腫瘍が再発しており、病の身を押しての出廷となりましたが、第二審の審議において、裁判官は「公序良俗」について述べた第一審の判決を無視すると述べ、異例の事ながら、早々と第一審の判決を退けてしまいました。
残念なことに、この翌月の98年7月、武田みさえさんはお亡くなりになり、裁判はご親族によって引き継がれることになりました。
第二審の判決は武田みさえさんの側の勝利となりました。
この判決の中で、裁判所は「人はいずれは死すべきものであり、死に至るまでの生き様は自ら決定できる」と述べ、エホバの証人の輸血拒否を尊重しています。
医師は、患者に輸血を強行することを説明しなかったという理由で、55万円の損害賠償を払うように命じられました。
しかし、国と医師はこの判決を不服として最高裁に上告し、今回の判決が下されることとなりました。

今回の最高裁の判決は、先の第二審の判決を認める内容となっています。

判決は、「医師は説明を怠ったことで、患者の意志決定をする権利を奪い、人格権を侵害した」と認定しています。

この判決により、エホバの証人の輸血拒否を巡る争いに、エホバの証人勝利の終止符が打たれました。

この判決により、輸血を拒否するエホバの証人の患者を手術する医師には、輸血に関する病院の方針を患者に説明する法的要求が課されたことになります。
この判決は近年の医療倫理の流れに沿って、患者の自己決定権を尊重するものであり、この判決の益は、エホバの証人の枠を越えて、医療上の自己決定権を行使するすべての人々に及ぶものと思われます。

補足

今回の判決を受け、各マスコミは判決に関する報道と解説を行っていますが、朝日新聞の報道には問題点があります。

朝日新聞は2000年2月29日付夕刊の第一面に「「エホバの証人」同意なし輸血−患者側の決定権優先」と記す一方で、14面の「解説」の中では、「今回の訴訟は、患者の意志を尊重すべきか、それとも医師の救命義務を重く見るのか、という二つの価値のぶつかりあいをどう考えるかという観点で議論されることが多かった。これに対し、この日の最高裁判決は、信仰上の理由から輸血を拒否する意志は人格権の一つとして尊重すべきだと言明しながら、医師がまず、患者に治療方針を説明して適正な手続きを踏むことの大切さを説いたと見ることができる」という、理解の仕方によっては矛盾しているとも取れる説明を行っています。
同14面の「最高裁判決趣旨」が示しているように、判決は、「医師らが患者の肝腫瘍を摘出するために、医療水準に従った相当な治療をしようとすることは、人の生命および健康を管理すべき義務に従事する者として当然といえる。しかし、患者が輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意志を有している場合、このような意志決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」と述べており、輸血を拒否する患者の意志は、医師の側の救命義務よりも尊重されると明言しています。

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