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2007年6月のレポート ― 輸血拒否に関する2つのトピック
2007年6月28日更新


2007年5月と6月にエホバの証人の輸血拒否を巡る2つの話題がありましたのでこれについて簡単なレポートを掲載することとしました。



輸血を拒否したエホバの証人の妊婦が死亡

これは毎日新聞が2007年6月19日に配信した事件です。これはYahoo!ニュースなどによって広く報道され、多くの人の目に留まりました。

信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、― 病院で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。……同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。― 一部抜粋

 エホバの証人の輸血拒否については、これを患者の権利として尊重すべきとする最高裁判決があり、政府も刊行誌などを通してその判決を追認しています。そのため現状では、医師たちは輸血を拒否する証人患者に強制的な輸血を行うことができません。
 この判決が下されて以来、医師たちの間には口コミで「これにはうまいやり方がある」ということが言い広められており、そのやり方は証人側を含めた関係者たちの間で公然と知られるようになっています。どのようなやり方でしょうか。
 これは、患者が手術台の上で“意識不明の状態”となって“自己決定権が行使できない状況”となり、かつ“深刻で緊急を要する事態”に医師が直面した場合、『医師は患者の親族に判断を求めることができる』という、従来からある医療上のルールです。
 これは、救急患者が意識不明の状態で病院に運ばれるような事態に最大限患者の権利を尊重するために作られたルールですが、このルールが現在、エホバの証人の患者としての権利の行使を回避する有効な口実として積極的に活用されるようになっています。これについて異議を唱える医師はほとんどおらず、それどころか、このやり方はとてもよいことであるかのように言われています。
 証人たちはこの問題を回避するために、まだ自分が手術台に上る前に自己決定権を行使するように努力しています。報道内容によると今回の事例ではその手続きが行われていましたが、それでも医師はこの手法を強行し、そして失敗しました。この手法が成功するにはエホバの証人の輸血拒否に反対する親族の協力が不可欠です。今回はそれがうまく得られませんでした。
 近年、この手法が普及するにしたがって、医師たちには警戒が緩くなる傾向が見られています。その結果、今回の報道に見られるように、本来のルールを逸脱した脱法まがいの医療が行われていることがさも適切なことでもあるかのように語られることが多くなっています。病院側は、家族に輸血を認める判断を求めたことを明らかにし、「私たちにできることは全部やりました」ということを内外にアピールします。それに対して内外の医師たちは、報道が示しているように「それでも輸血を強行すべきではなかったか」と批判します。その逆の意見はほとんど聞かれていません。

未成年者の輸血拒否についてのドラフトがまとまる

これは読売新聞が2007年6月24日に配信した記事などによって報道されています。

信仰上の理由で輸血を拒否する「エホバの証人」信者への輸血について、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会は、15歳未満の患者に対しては、信者である親が拒否しても救命を優先して輸血を行うとする指針の素案をまとめた。……エホバの証人への対応はこれまで、日本輸血・細胞治療学会(当時は日本輸血学会)が1998年、18歳以上の患者は本人の意思を尊重し、12歳未満の場合は、家族が反対しても輸血を含む救命を優先するとの指針をまとめていた。しかし12〜17歳については、発育途上で判断能力に個人差があるとして対応策を示していなかった。今回の素案では、治療法に対してある程度の自己決定ができる年齢を、義務教育を終える15歳に設定した。15〜17歳の患者については、本人と親の双方が拒めば輸血は行わないが、それ以外、例えば本人が希望して親が拒否したり、逆に信者である本人が拒み親が希望したりした場合などは輸血を行う。15歳未満の患者に対しては、本人の意思にかかわらず、親が拒んでも治療上の必要があれば輸血する。18歳以上については、これまでの指針通り、親の意向にかかわらず本人の意思を尊重する。― 抜粋

 これまでエホバの証人たちは、未成年者である信者の輸血拒否については輸血を拒否する当人の成熟状態に応じて対応を行うよう医師たちに求めてきました。精神的な成熟の度合いは同じ年齢であっても個人によって差がありますから、医師たちの多くがその要請に賛同の意を表してきました。しかし、2007年6月になって事情は大きく変わりつつあります。今回委員会が示したドラフトはこのルールを撤廃することを目標としたものです。この委員会は日本の主要な医学学会によって構成されており、このドラフトが今後のエホバの証人に対する医療の標準となるとアナウンスされています。
 このドラフトが採用されるとどのような問題が生じるでしょうか。いくつかの事例を考えてみましょう。
A. 輸血を拒否する未成年の患者は、精神的にとても成熟しており、医師も驚くほどです。しかし彼の15歳の誕生日までまだ1週間があるため、医師は手術を急ぎ、そして輸血を強行しました。

B. 輸血を拒否する未成年の患者は、精神的に全く成熟しておらず、医師もあきれかえっています。しかし彼は先日15歳になったところですし、両親も証人だということですので、医師は彼の輸血拒否を認めることにしました。

C. 輸血を拒否する未成年の患者は、精神的にとても成熟しており、17歳です。しかし、親の片方に非信者がおり、我が子の信仰を否定していますので、医師は輸血を強行することにしました。

D. 輸血を拒否する未成年の患者は、Cの場合と全く同じ精神状態にあり、年齢も同じです。その両親は共に信者であり、我が子の信仰を認めています。そこで医師は彼の輸血拒否を認めることにしました。

 これらの事例は、それぞれを比較するときに理不尽さが際だちます。ではなぜ、今この時に日本の医学界はこのような指針を採用しようとしているのでしょうか。これを一言で簡潔に言うなら「現場の医師たちの求めに応えて」ということになります。現場の患者たちの求めに応えてではありません。
 このドラフトが目指しているのは「適切なら未成年患者の輸血拒否を尊重する」ことではなく「可能な限り輸血を施すこと」です。そして、このドラフトは近年医師たちが「エホバの証人の輸血拒否を回避する便利な方法」として盛んに実行している脱法まがいの手法を制度化しようとしています。

 このような事例に見るように、今後、輸血を拒否するエホバの証人の信条とそれを支持する最高裁の判決はなし崩しとなっていくことが予想されます。しかも、このような動きは実にあからさまな現れ方をしており、証人側としては失望を禁じえないというところです。


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