新世界訳
エホバの証人の聖書

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「新世界訳聖書」はキリスト教の一教派“エホバの証人”の訳業による聖書翻訳です。その特徴を見てみましょう。

◆ 訳本名

 訳本名は「聖書 新世界訳」です。これはイザヤ 65:13とペテロ第二 3:13において予告されている「新しい天と地(つまり新世界)」の到来をモチーフとした名です。普通は「新共同訳」のようにまず「新」がつかない訳(共同訳)があってそれを改訂したときに「新」がつくというのが聖書翻訳の世界の一般的なルールです。新世界訳はこのルールに従ってわけではありませんので、最初から「新世界訳」です。
 英語版の訳本名は“New World Translation of the Holy Scriptures”となります。ここにも一般的でない表現が見られます。「訳」に相当する部分、英訳聖書では“Version”を使用するのが普通ですが、“Translation”になっています。また、「聖書」のところ、“Biblie”もしくは“Holy Bible”とせずに“Holy Scriptures(つまり「聖書」)”という語を用いています。
 公式な略号は“NW”ですが、“NWT”と表記されることの方が多いようです。

◆ 底本

 新世界訳聖書の底本はBHKとウェストコット・ホートです。BHSやネストレなども参照されています。これは新共同訳などの他の邦訳聖書と大差ありません。

◆ 書名

 新世界訳聖書は「旧約聖書」また「新約聖書」という表現を用いず、代わって「ヘブライ語-アラム語聖書」また「クリスチャン・ギリシャ語聖書」という表現を用います。これは、聖書自身が「旧約」と述べているものがモーセの律法であって厳密には旧約聖書でないなどの神学的理由によっています。
 各書名には、「士師記」を「裁き人の書」、「雅歌」を「ソロモンの歌」とするなど、簡易な表現が用いられています。

◆ 外典・偽典

 新世界訳聖書には聖書外典や偽典は含まれていません。

◆ 口語訳

 新世界訳聖書は口語訳の聖書で、現代的な訳文の使用に努めています。ごくまれに「アブラハムの胤」といった古風な語が用いられます。また、おそらく1カ所だけ、古文が用いられているところがあります。



列王第一 8:22

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
それから,ソロモンはイスラエルの全会衆の前でエホバの祭壇の前に立ち,今度は天に向かってそのたなごころを伸べた。

使徒 17:28

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
わたしたちは[神]によって命を持ち,動き,存在しているからであり,あなた方の詩人のある者たちも,『そはわれらはまたその子孫なり』と言っているとおりです。



 『そはわれらはまたその子孫なり』の意味は → こちら

◆ 字義訳

 新世界訳聖書は字義訳の聖書です。特に旧約聖書の訳文は「原典に対して逐語的である」と言われています。
 訳文に意訳が発見される場合、その多くは語学上もしくは神学上の理由によります。

※ エホバの証人に対する反対資料の影響により、あるところでは新世界訳聖書が過剰に意訳であると指摘されることが、またあるところでは過剰に字義訳であると指摘されることがあります。これには注意が必要でしょう。

◆ 特殊語

 新世界訳聖書においても邦訳聖書特有の「証し」などの語が用いられています。その他、新世界訳聖書特有の語彙が多数あります。
 新世界訳聖書の訳語選択の傾向として、意味をより明快にするために、単語ではなく辞書的な意味(複数語)を充てるという事例が散見されます。



出エジプト 20:4-6

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
「あなたは自分のために,上は天にあるもの,下は地にあるもの,また地の下の水の中にあるものに似せたいかなる彫刻像や形も作ってはならない。それに身をかがめてはならず,さそわれてそれに仕えてもならない。あなたの神であるわたしエホバは全き専心を要求する神であり,わたしを憎む者については父のとがに対する処罰を子にもたらして三代,四代に及ぼし,わたしを愛してわたしのおきてを守る者については愛ある親切を千代にまで施すからである。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。



◆ 重訳

 新世界訳聖書は英語版を除いたすべての訳が英文新世界訳聖書からの重訳となります。

※ よく誤解される点ですが、ここで言う「重訳」とは、訳し方に統一性を持たせる意味での重訳であり、聖書原典を無視した重訳ではありません。聖書の翻訳とは難しいもので、単に聖書原典から翻訳を行ったのでは、原典の表現の解釈、翻訳先の言語の傾向、さらには翻訳者の趣味などによって微妙にニュアンスの異なる様々な訳文ができてしまいます。そこで、どの言語であってもなるべく同じ意味合いの訳文を持つ統一した聖書翻訳のグループを作ろうというのが新世界訳聖書の考え方です。

 まず14年をかけて英語での訳業が行われました。その後、英語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語の7つの言語の翻訳者が一同に会して同時に6つ(英語以外)の聖書の翻訳を行う大プロジェクトが行われました。このプロジェクトの成果は英文新世界訳聖書の改訂という形で還元され、こうして、英文新世界訳聖書は重訳聖書の底本として使うに十分な実力を備えたものとなりました。
 和文新世界訳聖書も、英文新世界訳聖書と聖書原典との注意深い参照を行いつつ訳業が進められており、原典から訳したと言っても問題のない仕上がりとなっています。
 2013年末の時点で新世界訳聖書は121の言語の版を持つようになり、重訳聖書の分野で他者を圧倒しています。

◆ 角括弧の使用

 新世界訳聖書は字義訳聖書としての信頼性を向上させるために、翻訳の際に付け加えられた語に角括弧を使用します。これはかなり重要な特徴です。日本を代表する他の聖書翻訳にはこのような明示がないため、読者は原典のニュアンスを読み損ねる可能性に常にさらされています。



エフェソス 5:16

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
自分のために,よい時を買い取りなさい。[今は]邪悪な時代だからです。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。



◆ アンダーラインの使用

 あいにくこのサイトでは引用の際無視している点ですが、和文新世界訳聖書独自の特徴として、固有名詞にはアンダーラインが引かれています。

◆ 訳語選択の傾向

 新世界訳聖書の訳語選択の傾向は、「抜けがなく重複がない」というものです。
 邦訳聖書においては原典から適当に語を間引きながら訳出を行うのが普通ですが、新世界訳聖書はそのやり方に倣いません。たとえば、ヘブライ語においては強調のために同義語が二度繰り返されることがありますが、そのような時も新世界訳聖書は手を抜きません。また、訳語の重複にかなり気を遣っている様子です。
 また、一般的に、和文新世界訳聖書は英文新世界訳聖書より使用されている訳語の語彙数が多いと言われています。

◆ 誤読の修正

 新世界訳聖書は聖書の誤読の修正に極めて意欲的です。キリスト教の長い歴史の中で、誤解されてきた聖句、曲解されてきた聖句を入念に検討し、そのような誤読の生じにくい訳文の構築に努めています。その多くが三位一体論にかかわる聖句です。

◆ 神を指す称号の扱い

 新世界訳聖書では「神」と「主」という語が特別な扱いとなっています。
 ヘブライ語“エロヒーム”に冠詞がついた“ハーエロヒーム”がエホバを指して用いられているすべての箇所で新世界訳聖書は「[まことの]神」という訳語を用い、単に「神」と訳出する場合と区別しています。また同様に、“ハーエール”も「[まことの]神」と訳されています。これについては参照資料付き版の脚注で扱われることがあり、ギリシャ語訳本での訳語や各写本における語の扱いなども併記されます。新世界訳聖書の脚注に、神はエロヒームだとかハーエロヒームだとか、一見いかにも無駄に思える脚注がついているのは、この微妙な違いを読者に示すためです。
 ヘブライ語“アドナイ”に接尾辞がつかないものはエホバのみに用いられており、新世界訳聖書はこれを「主権者なる主」と訳しています。これも脚注で扱われることがあります。「主権者なる主(Sovereign Load)」という訳語は新国際訳聖書でも用いられていますが、こちらは神名を「主」に置き換えるときに「主エホバ」が「主なる主」となってしまう問題を回避するためであり、考え方が違います。



サムエル第二 7:22

◇ 英文新世界訳聖書 (NW/NWT) ◇ (エホバの証人)
That is why you are indeed great, O Sovereign Lord Jehovah; for there is no other like you, and there is no God except you among all of whom we have heard with our ears.

◇ 新国際訳聖書 (NIV) ◇ (ファンダメンタル)
"How great you are, O Sovereign LORD! There is no one like you, and there is no God but you, as we have heard with our own ears.



 ヘブライ語“ハーアードーン”は「[まことの]主」と訳出されています。また、ギリシャ語“デスポテース”はエホバに対する呼びかけとして用いられている3カ所で「主権者なる主」と訳出されています。

◆ 旧約聖書における神名の復元

 一般に聖書原典として扱われているマソラ本文には神名が6828回でてきます。新世界訳聖書はこれを裁き人 19:18以外のすべての箇所で「エホバ」と訳出しています。さらに、七十人訳(ギリシャ語セプトゥアギンタ)において神名が認められる3カ所、申命記 30:16, サムエル第二 15:20, 歴代第二 3:1で神名を復元しています。さらに、マソラ以外のヘブライ語聖書写本に神名が認められる142カ所でも神名を復元しています。

◆ 新約聖書における神名の復元

 新世界訳聖書は新約聖書においても神名の復元に努めています。旧約聖書からの引用部分はもちろん、そうでないところでも、「主」という語が神を指していると考えられるところで神名を復元しています。一般的にキリスト教徒は「主」という表現が一律にイエスを指しているものと考える傾向にあります。しかし、「主エホバ」と「主イエス」は分けられるべきであり、新世界訳聖書ではこの二者を読み間違える可能性が低くなります。



ローマ 10:9,13

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
その『あなたの口の中にある言葉』,つまり,イエスはであるということを公に宣言し,神は彼を死人の中からよみがえらせたと心の中で信仰を働かせるなら,あなたは救われるのです。
エホバの名を呼び求める者はみな救われる」のです。


◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
口でイエスはであると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。
の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。



 ここは、「主」という表現が「主イエス」から「主エホバ」へと転換する代表的事例で、読み間違いが多いところですが、新世界訳聖書ではその問題が克服されています。

 神名の復元が特別な扱いになっている例として「主の日」という表現が挙げられます。新世界訳聖書は、これがハルマゲドン(終わりの日の最終局面)を指している場合には「エホバの日」と訳出し、キリストの臨在(終わりの日全体)を指している場合には「主の日」と訳出しています。

◆ 代名詞の扱い

 英文新世界訳聖書における代名詞の扱いに関して注目すべき点は、本来単数と複数の区別のない“you”を書体によって区別していることです。これにより、英語の読者であっても、“you”が「あなた」であるか「あなた方」であるかの区別をつけることができます。また、英語の命令文では“you”自体が省略されますので、このようなときは命令の動詞の書体を変えます。これは英文新世界訳聖書の極めて重要な特徴だと言えます。
 和文新世界訳聖書は他の邦訳聖書に倣い、「彼」などの代名詞を頻繁に一般名詞に置き換えています。しかし他の邦訳聖書と違い、和文新世界訳聖書では角括弧が使われていますので、読者は比較的容易にもとの代名詞を推察することができます。
 また、和文新世界訳聖書では英文新世界訳聖書とは違い、中性の代名詞「その」が多用されています。代名詞の扱いに関する限りにおいて、英文新世界訳聖書と和文新世界訳聖書は全くの別物と言って差し支えないでしょう。



ローマ 2:6

◇ 和文新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
そして,[神]は各々にその業に応じて報います。

◇ 英文新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
And he will render to each one according to his works:



◆ ヴァウ倒置の扱い

 新世界訳聖書はヴァウ倒置(ワウ継続法)を単なる仮説として退けています。その結果として、ヘブライ語時制に依存した訳文が散見されます。



出エジプト 7:6

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
それでモーセとアロンはエホバが命じたとおりに行なっていった。まさにそのとおりに行なった



 ここでは、最初の「行う」が未完了態に読まれ、最後の「行う」が完了態に読まれています。



創世記 26:5

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
それはアブラハムがわたしの声に聴き従い,わたしに対する務め,わたしの命令,わたしの法令,そしてわたしの律法を守りつづけたからであった」。



 こちらは逆の例です。完了態と未完了態に読まれています。

◆ ヘブライ語命令文に継続する文の訳し方

 ヘブライ語聖書を原典で読むと、命令もしくは指示の文のあとに普通の文(命令形でない文)が続く表現が多く見られます。こういった文には命令が継続しているという暗黙の了解がありますので、通常、翻訳された聖書においてこのような文は命令文として訳します。しかし、新世界訳聖書はこのルールに対して消極的に振る舞うことがあります。



創世記 6:14-16

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
あなた自身のために,やに質の木の材で箱船を造りなさい。その箱船の中には仕切り室を造る。それを内側も外側もタールで覆わねばならない。そして,あなたはそれをこのように造る。すなわち,箱船の長さは三百キュビト,その幅は五十キュビト,その高さは三十キュビト。あなたはその箱船のためにツォハル[屋根,もしくは窓]を造り,それを上方,一キュビトに仕上げ,また箱船の入口をその側面に付ける。あなたはそれに下の[階]と二[階]と三[階]を造る

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。次のようにしてそれを造りなさい。箱舟の長さを三百アンマ、幅を五十アンマ、高さを三十アンマにし、箱舟に明かり取りを造り、上から一アンマにして、それを仕上げなさい。箱舟の側面には戸口を造りなさい。また、一階と二階と三階を造りなさい



◆ 目的を暗示する文の訳し方

 ヘブライ語聖書には文の後半部分が目的を暗示しているらしいという言い回しがしばしば見られます。たとえばヘブライ語の接続詞であるワウについて、これが接続ではなく目的の意味を持つ場合があるという指摘があります。この文法理論によると、ヘブライ語において「私は皿を取りパンを食べた」という文は「私はパンを食べるために皿を取った」と読むこともできます。後半部分が未来への言及である場合などに、新世界訳聖書にはそのような読みをしていると思える訳文が散見されます。



申命記 1:13

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
あなた方のそれぞれの部族の中から,賢くて,思慮深く,経験のある人々を見つけなさい。わたしがその人々を頭としてあなた方の上に立てるためである』。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
部族ごとに、賢明で思慮深く、経験に富む人々を選び出しなさい。わたしはその人たちをあなたたちの長としよう。」



詩編 119:18

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
わたしの目から覆いを除いてください。わたしがあなたの律法の中からくすしいことを見るためです。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
わたしの目の覆いを払ってください あなたの律法の驚くべき力に わたしは目を注ぎます。



※ ギリシャ語聖書にも似たような例があるように見えますが、こちらは単に訳語選択の問題です。

◆ 必然性を暗示する完了態の訳し方

 ヘブライ語では完了態動詞がその必然性を暗示することがあるようです。たとえば、約束をしたり将来の予定について語ったりする場合に未完了態ではなく完了態が用いられることがあり、そこには約束を果たし予定を実行する強い意志が示されているようです。新世界訳聖書はこれを、あたかもすでに行われたかのように語る用法とみなし、将来のことであっても過去形に訳出しています。



イザヤ 55:4

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
見よ,わたしは彼を国たみに対する証人,国たみに対する指導者また司令官として与えたのである。



◆ ギリシャ語現在文の訳し方

 ギリシャ語の現在文は現在形と進行形とを兼ねていて区別がつきません。新世界訳聖書はこの問題にかなり気を遣っています。よく知られているのは罪に関連した部分の訳出です。



ローマ 1:32

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
こうした事を習わしにする者は死に価するという,神の義なる定めを十分に知りながら,彼らはそれを行ないつづけるだけでなく,それを習わしにする者たちに同意を与えてもいるのです。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
彼らは、このようなことを行う者が死に値するという神の定めを知っていながら、自分でそれを行うだけではなく、他人の同じ行為をも是認しています。



◆ ギリシャ語カリスの扱い

 ギリシャ語カリスは、キリストの贖いを指す場合などにおいて、他の邦訳聖書のように「恵み」ではなく「過分のご親切」と訳出されています。



ローマ 11:6

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
さて,それが過分のご親切によるのであれば,それはもはや業にはよらないのです。そうでなければ,過分のご親切はもはや過分のご親切ではなくなってしまいます。



◆ 魂の扱い

 聖書における「魂」は一般に理解されているような「魂」とはかなり意味合いが異なります。ややこしいのは、キリスト教において一般に言われている「魂」とも意味が異なるということです。異なる意味の「魂」が並立しており、聖書におけるその本来の意味は判りにくくなっています。しかも、ほぼすべての聖書翻訳がこの混乱に同調する仕方で訳文を調整しているため、新世界訳聖書はこれに反発して、とにかく調整を行わない方針を立てています。
 たとえば、死体が「魂」と呼ばれているところでも訳文は大きく変わったりしません。



民数記 6:6

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
エホバのために分けられた者となっている日々の続いている限り,その者は死んだ魂にいっさい近寄ってはいけない。

◇ 新共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
主に献身している期間中、死体に近づいてはならない。



※ 「魂」についての新世界訳聖書の態度を「訳業における非常識だ」と述べて新世界訳聖書を非難する人がいます。それは私たちが一般に考える「魂」と聖書が述べる「魂」とに大きな相違があるからです。このようなとき、翻訳者は訳語を調整してその相違を解消しなければならないというのが本来のルールです。ところが新世界訳聖書はそのルールに従っていません。翻訳者がそのルールに従うと読者はいつまでたっても聖書自身が述べようとしている「魂」の語義に到達しないから、というのがその理由です。これは別の言い方をすると、彼らが言うところの「新世界訳聖書のおかしな訳文」を彼らが言うとおりに「これはおかしな訳文だ」と思っているようでは、その人は聖書が正しく理解できていないということです。

◆ 十字架の扱い

 新世界訳聖書には「十字架」という語がでてきません。代わりに「苦しみの杭」という語が用いられています。これは、十字架の形状を横木のない杭とする学説を支持しているためです。「苦しみの杭」という訳語はこの語のイエスによる用法によく合います。



ルカ 14:27

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
だれでも,自分の苦しみの杭を運びながらわたしのあとに付いて来ない者は,わたしの弟子になることができないのです。



※ これに対する諸教会の反発は大きく、「エホバの証人はキリストの“十字架の救い”を否定している」などと言われることもありますが、これは必ずしも信仰の問題であるというわけではありません。

◆ 台詞をくくる括弧の用い方

 新世界訳聖書の括弧の用い方には、『現在使われている括弧を段落ごとにつけ直す』という他の日本語文書には見られない独自の特徴があります。決して閉じ括弧をつけ忘れているのではありませんので勘違いがないようにしたいところです。



マラキ 1:6-8

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
『子は父を敬い,僕はその大主人を[敬う]。それで,もしわたしが父であるのなら,わたしに対する敬意はどこにあるのか。また,もしわたしが大主人であるのなら,わたしに対する恐れはどこにあるのか』と,万軍のエホバはあなた方に言った。わたしの名を軽んじている祭司たちよ。
『するとあなた方は言った,「わたしたちはあなたの名をどのように軽んじたか」と』。
『わたしの祭壇の上に汚れたパンを差し出すこと[によって]である』。
『するとあなた方は言った,「わたしたちはどのようにあなたを汚したか」と』。
『「エホバの食卓は軽んずべきもの」と述べることによってである。また,盲の[動物]を犠牲のために差し出しながら,「何も悪いところはない」と[言っている]。また,足なえの[動物]や病気のものを差し出しながら,「何も悪いところはない」と[言っている]』



◆ ふりがな

 ふりがなは、通読の助けというよりは漢字を覚えさせるためのもので、適度に空きがあります。これはエホバの証人の親たちの間で非常に評価の高い特徴です。これについては、版によっていくらかの違いがあります。



フィレモン 19

◇ 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
私パウロが自分の手で書きますが,わたしがそれを返します―あなたもまた自分自身をさえわたしに負っていることを言うつもりなのではありません。



 この聖句の場合、普及版では二度目の「自分」にふりがながありません。
 エホバの証人は子供に聖書を頻繁に読ませますが、子供たちはやがて状況を理解し、自分の読めない字があると文脈を調べるようになります。また、短期記憶にも頼るようになりますので、速読の力がつき、長期記憶も向上するという効果があります。

◆ 脚注

 新世界訳聖書の「参照資料付き」版には欄外脚注があります。これはネストレやビブリア・ヘブライカなどの校訂本文のやりかたに倣ったもので、写本・訳本・異訳などの情報が収められています。
 手っ取り早くこの種の情報を得ることができるので初学者にはたいへん貴重なものです。ただ、初心者向けということで、ヘブライ語やギリシャ語やアラム語やラテン語といった諸言語の表記が翻字(カタカナ表記)となっていますので、辞書を引くに辛いところがあります。

◆ 引照聖句

 ポケット版を除くすべての版に引照聖句があります。引照の量は豊富で、欄からあふれてしまうことも多々あります。
 収録されている聖句は他の聖書とは異なる傾向を示しています。エホバの証人の「論題別研究法」のために最適化されていますし、類似の表現があるために従来の聖書では引照として示される聖句であっても根本的に語義が異なるようなものは読者を誤導しかねないとして入念に排除されています。結果的に、コンコルダンス的な使用にはあまり役立たないものになっています。

◆ 索引とコンコルダンス

 巻末には索引がついています。また、英文新世界訳聖書の完全コンコルダンスが出版されています。しかし現在は Watchtower Library CD-ROM での検索が効果的でしょう。

◆ 付録

 普通版と参照資料付き版には付録があります。参照資料付き版のほうが充実しています。たとえば「付録7ニ」では、ヘブライ 9:16-17におけるギリシャ語ディアテーケーを(新共同訳聖書のように)「遺言」と訳すことの問題が論じられています。

◆ 話し合いのための聖書の話題

 「話し合いのための聖書の話題」と題する小冊子が合本として普通版とデラックス版とポケット版に収録されています。聖書伝道において用いる前提のものですが、聖書の主要な教理が網羅されていて、初歩的な聖書研究にも使えます。たとえば「16イ」は「教会は霊的なもの、キリストの上に建てられる」となっており、その根拠となる聖句が示されています。

◆ 横組

 新世界訳聖書はすべて横組です。そのほうが読むのが早くなり、理解の効率もよくなるとのことです。

◆ 版

 和文新世界訳聖書には様々な版があります。日本語では、ソフトカバー版、普通版、デラックス版、デラックスポケット版、ソフトカバーポケット版、参照資料付き版、大文字版、カセットテープ版、MP3版、インターネット聖書版があります。いずれは英文新世界訳聖書のように点字版がでるといわれています。手話版もでるでしょう。それから、総合聖書研究ソフトウェアである Watchtower Library や Watchrower Reader もあります。すべて無料ですが、外部に配布できるのはソフトカバー版のみとなっています。
 海外では、他の聖書翻訳や、新世界訳聖書に聖書協会の聖書を合本にしたものなど変則的なものも発行されています。日本でも過去に外部業者によって文語訳聖書と新世界訳聖書の合本版が発行されていた時期があります。
 たまに試作品らしきものが出回ることがあります。たとえば、1982年版の表紙にクリーム色の紙、印刷されている内容は1985年版という版があり、おそらくこれは1985年版準備時の試作品でしょう。

◆ 聖書辞典

 新世界訳聖書に準拠した聖書百科事典「聖書に対する洞察」全2巻が発行されています。内容が充実していることに加えて、「アロンは金の子牛を作ったのに罰を受けなかったのはなぜですか」、「「善悪の知識の木」とは何でしたか」、「パウロの言う「この不法の秘事」とは何のことですか」といった多くの読者が答えを知りたいと思う疑問が網羅されている、多数の聖書翻訳が比較されている、定説に対する異説が多数紹介されている、といった優れた特長があります。

◆ 聖書地図

 新世界訳聖書に準拠した聖書地図「この良い地を見なさい」が発行されています。CGによる美しい図版が特長です。

◆ 改訳

 多くの聖書がそうであるように、新世界訳聖書は初版を新約のみでだし、後に新約を改訂したものと旧約とを併せた完訳をだすのが慣例となっています。日本では1973年に新約が、1982年に完訳が、そして1985年には改訂版が刊行されました。英文新世界訳聖書は繰り返し改訳されているのに、和文新世界訳聖書にはあまり変わらないという傾向があります。新共同訳聖書のような誤植の問題も聞きません。