新世界訳
エホバの証人の聖書

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発案者 : 宮原 崇
2014-07-24 作成

◆ 提言にあたって

 ここのところ、邦訳聖書の世界においては実質上の三大勢力である、新共同訳聖書新改訳聖書新世界訳聖書において、一斉に改訳の機運が高まっています。
 ところが、避けては通れない“らい病”表記に関する議論が堂々巡りに陥り、行き詰まっていますので、私からひとつ、個人的見解を示しておくこととしました。
 聖書の翻訳にかかわる多くの方に検討いただきたいということで、これを「提言」とします。

 なお、この文書は議論の現状について紹介しませんので、必要な方はあらかじめ諸資料を参照ください。

◆ 提言

 以下の通り提案します。



○ 聖書のらい病表記についての提案

これを『(身体などの)深刻な腐食』と訳出する。



○ 提案の基本的な考え方

1. その正体をあえて特定せず、
2. 現象として扱う。



◆ 「らい病」また「ハンセン病」

 “らい病”もしくは“ハンセン病”の表記はすでに使えないものと私は考えます。ただし、繰り返し議論されているような、「それは差別語である」、「学術的に正確でない」、というような理由に私は頓着しません。
 「“らい病”という語は新しい世代には理解できない」、というのがその表記を退ける理由です。

 “らい病”という語はすでに用いられなくなっています。代わって“ハンセン病”という語が用いられていますが、よく知られるには至っていません。その結果、これらの語を理解できない層が拡大しつつあります。「“らい病”という表記でなければその深刻さが伝わってこない」というような主張が聞かれますが、このような主張も急速に意義を失いつつあります。

◆ 「重い皮膚病」

 新共同訳聖書における“重い皮膚病”の採用は終わりなき議論を生じさせる結果となりました。さらに、身体以外の“らい病”については別の表記である“かび”を用いることとなり、原典との対応が破たんするという問題も生じさせました。

 提案は、原典との対応を守りつつ、これらの議論の大半を回避します。

◆ 「身体の」

 そもそもの話として、「聖書の“らい病”は皮膚病なのか」という疑問がありますが、提案はこれを単に無視します。
 必要に応じて訳文に加える語は“身体の”とし、“肉の”、“皮膚の”の表記は避けます。

◆ 「深刻な」

 新共同訳聖書が“重い皮膚病”表記を採用したことで、「“重い”ではその深刻さが伝わらない」という反論が生じました。そこで、聖書の“らい病”に特有の深刻さを伝える語として順当な“深刻な”という形容を用いることにしました。

◆ 試訳

 以下に、提案に基づく試訳を掲載します。



出エジプト 4:6

それからエホバはもう一度彼に言われた,「さあ,あなたの手を衣の裾に差し入れなさい」。それで彼は手を衣の裾に差し入れた。そしてそれを引き抜いてみると,その手は深刻な腐食に侵されて雪のように白くただれているのであった。



レビ 13:2

「人の肉の皮膚に発疹,かさぶた,あるいは斑紋が生じ,それがその肉の皮膚においてまさに深刻な腐食の災厄となった場合,その者は祭司アロンまたは祭司であるその子らの一人のところへ連れて来られなければならない。



レビ 13:43-44

そして祭司はその者をよく見るように。もしその頭の頂または額のはげに赤みがかった白色の災厄による発疹があって,肉の皮膚における深刻な腐食の外見に似ていれば,その者は頭部の深刻な腐食に侵される者である。それは汚れた者である。その者は汚れている,と祭司は宣告すべきである。彼の災厄はその頭にある。



レビ 13:47-49

「衣類に深刻な腐食の災厄が生じる場合,それが羊毛の衣でも亜麻の衣でも,亜麻や羊毛の縦糸でも横糸でも,また皮でも皮でこしらえたどんな物であっても,そして黄緑のまたは赤みがかった災厄がその衣,皮,縦糸,横糸,また何であれ皮の品に生じた場合,それは布もしくは皮の深刻な腐食の災厄であり,祭司に見せなければならない。



レビ 14:34-35

「あなた方がカナンの地に,すなわち所有地としてわたしが与える所に入り,あなた方の所有するその地の家にわたしが深刻な腐食の災厄を臨ませた場合,その家の持ち主は来て祭司に告げ,『災厄のようなものがわたしの家の中に現われました』と言わねばならない。



民数記 12:10

そして,雲は天幕の上から離れた。すると,見よ,ミリアムは身体の深刻な腐食に侵されて雪のように白くただれていた。それで,アロンがミリアムのほうを振り向くと,見よ,彼女は深刻な腐食に侵されていた。



列王第二 5:1

さて,シリアの王の軍の長である,ナアマンという人は,その主の前で大いなる人となり,尊ばれていた。エホバは,彼によってシリアに救いを施されたからである。この人は,勇敢で,力のある人ではあったが,身体の深刻な腐食に侵されていた。



列王第二 5:27

それゆえ,ナアマンが侵された深刻な腐食はいつまでも,あなたとあなたの子孫にまとい付くであろう」。直ちに彼は,深刻な腐食に侵されて雪のように白くなり,エリシャの前から出て行った。



マタイ 8:2-3

すると,見よ,身体の深刻な腐食に侵された人が寄って来て,彼に敬意をささげながらこう言った。「主よ,あなたは,ただそうお望みになるだけで,私を清くすることがおできになります」。そこでイエスは手を伸ばして彼に触り,こう言われた。「わたしはそう望みます。清くなりなさい」。すると,彼の深刻な腐食はすぐに清められたのである。



ルカ 5:12-13

イエスがある都市にいた別の時のことであったが,見よ,全身が深刻な腐食に侵された人がいた。イエスを見かけると,彼はうつ伏して願いをし,「主よ,あなたは,ただそうお望みになるだけで,私を清くすることがおできになります」と言った。そこでイエスは手を伸ばして彼に触り,「わたしはそう望みます。清くなりなさい」と言われた。すると,深刻な腐食はすぐに消えたのである。



ルカ 17:12

そして,ある村に入って行かれる際に,身体の深刻な腐食に侵された十人の者が彼に出会ったが,彼らは遠く離れたところに立ち,



◆ 採用にあたって

 提案された表記を用いるにあたっていかなる許可も必要ありませんが、提言には多少ながら主張が伴っていますので、必要に応じて考え方の説明も行っていただけますと幸いです。






◆ 10年が経過して

 提言を公表してからいよいよ10年になります。私の提言はどうなったでしょうか。



マタイ 8:2

◇ 新世界訳聖書 [2019年改訂版] ◇ (エホバの証人)
すると,重い皮膚病の男性がやって来てイエスに敬意を表し,言った。「主よ,あなたは,お望みになるだけで,私を癒やすことができます」。

◇ 聖書協会共同訳聖書 ◇ (カトリックとプロテスタント)
すると、規定の病を患っている人が近寄り、ひれ伏して、「主よ、お望みならば、私を清くすることがおできになります」と言った。

◇ 新改訳聖書 [2017年版] ◇ (ファンダメンタル)
すると見よ。ツァラアトに冒された人がみもとに来て、イエスに向かってひれ伏し、「主よ、お心一つで私をきよくすることがおできになります」と言った。



 私の提言はどの聖書にも採用されませんでした。

 新世界訳聖書の「重い皮膚病」は新共同訳聖書の後追いです。無難な選択には違いありません。しかしこの語は聖書協会共同訳聖書では採用されませんでしたから、足並みがそろわず、もう古い、浮いている、という感じがあります。
 聖書協会共同訳聖書の「規定の病」は、「律法で規定された病」という意味だそうです。これは諸教会からのひんしゅくを買っているようです。大半の読者には何を言っているのか判りませんし、言語感覚としても問題があります。たとえば私が時計のことを「規定の計測器」と言ったとしたら、人に伝わるでしょうか。時刻というものは国際機関により規定されているんですと私が弁明すれば、納得するでしょうか。
 新改訳聖書は以前から採用している「ツァラアト」にこだわりがあるようです。原語からの音訳で済ますというのは一つの解決策ですが、やはりこれも、大半の読者には何を言っているのか判りません。
 結果的に、新世界訳聖書の改訂版が最も優れているようです。

 しかし、私の提言にはおよびません。
 私の知る限り、私の提言に匹敵する訳語はありません。それは聖書協会共同訳聖書が「規定の病」を採用したことからも明らかです。

 聖書協会共同訳聖書については、彼がエホバの証人だからよくなかった説があります。
 日本聖書協会はエホバの証人のことを徹底的に無視する方針を持っています。それで日本聖書協会としては提言を無視するしかなかったと言われます。
 もし彼が自分の正体を隠し、そのへんの教会の牧師をかついで牧師の名で提言を公表したら、日本聖書協会は「これは素晴らしい」と大喜びして提言を採用しただろう、と言われます。

 新世界訳聖書についても、彼が非正規の奉仕者だからよくなかった説があります。
 私は“擁護派エホバの証人”として活動していますが、ものみの塔聖書冊子協会との間にはこの活動を容認する暗黙の了解があるにすぎません。それでものみの塔聖書冊子協会としては提言を無視するしかなかったと言われます。
 もし彼が自分の正体を隠し、そのへんの長老をかついで長老の名で提言を公表したら、ものみの塔聖書冊子協会は「これは素晴らしい」と大喜びして提言を採用しただろう、と言われます。
 ものみの塔聖書冊子協会に対しては、この提言とは別の文書にて注意喚起を行いました。ものみの塔聖書冊子協会としては日本聖書協会の後追いをして「重い皮膚病」を採用する方針のようですが、おそらく日本聖書協会は「重い皮膚病」の使用をやめてその理由を公表するでしょう、そうなったら新世界訳聖書の立場は悪くなりますよ、と通知しておきました。私自身すこし驚きましたが、この文書に対してはものみの塔聖書冊子協会から公式の返信があり、「検討します」ということでした。しかし私の意見は通らず、私が懸念したとおりになりました。

 そのようなわけで、私の提言が採用されなかった背景には、ある種の怠慢があったのかもしれません。もしそうなら、これはなかなかみっともないことです。