見かけ上の“無”から始まる宇宙
― 新モデルに基づくビッグバンのシナリオ ―

宮原 崇




この論文はこちらの論文の続きです。



私の提唱したモデルにおいて、宇宙の始まりはどのように説明されるでしょうか。

モデルにしたがうなら、宇宙は輸血バッグのようなものであると考えることができるでしょう。バッグは平坦な二枚の仕切りによって形成されており、中は閉じています。バッグの入り口から液体を注入すると、バッグは開き、中は液体で満たされます。
モデルでは、閉じた次元の壁の隙間にエネルギーが注入された状態が宇宙の始まりとなります。
とはいえ、輸血バッグとモデルとの間には相違点があります。輸血バッグには液体を注入する入り口がありますが、モデルにはそのような入り口がありません。
モデルにおいて、壁は物質とエネルギーとを阻んでいます。エネルギーがこの壁をすり抜けることは可能なのでしょうか。
一般に、この宇宙は一点から始まったと考えられています。モデルにおいて求められているのは、エネルギーが一点においてある条件を満たせばそこをすり抜けられるという性質を壁が持つことです。

私は推論しました。壁がエネルギーを阻むのは、それらに量があって、その量に反応しているからではないだろうか。もしそうだとすると、量があっても見かけ上の量が0であるエネルギーがあれば、その壁をすり抜けることが可能のはずだ。
見かけ上の量が0であるエネルギーというものは存在可能なのでしょうか。エネルギーが波であれば、可能です。
私はさらに推論しました。この宇宙において、エネルギーはなぜ波になりうるのだろうか、あるいは、波でなければならないのだろうか。それは、次元の壁を通り抜けるためにエネルギーが見かけ上の“無”とならなければならなかったからに違いない。



モデルでは、壁の外側においてエネルギーは多様な形態をとることができますが、壁を通り抜けるには、波とならなければなりません。さらに、そのエネルギーは一点において見かけ上の無の状態となり、その無の状態で壁に衝突しなければなりません。
壁の外側の世界で、エネルギーが一点に集中し、なおかつその量が0になることはそれほど簡単なことではないでしょう。というのも、私たちの宇宙においても、もしエネルギーが波でなければ、それが一点に集中し、なおかつその量が0になることは考えられないからです。

そこで私は、定常波様のエネルギーというものを想定しました。定常波様とは、実際には1本のエネルギーの波であるものが、何らかの条件によって対となり、こうして2本の波の組み合わせとして振る舞う状態です。このような波の振る舞いは、私たちの宇宙では主に定常波として観察されますので、そのように呼びます。
定常波様のエネルギーは、同じ性質を持つ2本の波からできていますので、他の場合と比べて量が0になりやすいという性質を持ちます。
定常波様のエネルギーが壁をすり抜けると、壁の内側では、何もない空間から対となったエネルギーが発生するように、そしてエネルギーが互いに打ち消し合って消滅するように見えます。それは、定常波様のエネルギーが量が0の状態を繰り返し生じさせるからです。とはいえ、エネルギーは発生したのでも消滅したのでもありません。次元の壁を通過して内側に入り、再び壁を通って出ていっただけです。それは移動です。
定常波様のエネルギーがあるなら、それよりはまれながらも、非定常波様のエネルギーもあるでしょう。それらは壁に衝突した瞬間に量が0になりますが、壁を通り抜けた後、再び同じ状態に戻ることがないため、壁の内側に囚われることになります。



モデルにおいて、宇宙の始まりはこのように説明されます。

非定常波様の、おびただしい数のエネルギーの波の束が壁の一点に集中します。その瞬間、それらの総量が0になったので、エネルギーの束は壁を突破します。そのエネルギーの束は、壁を通過したまま総量が0の状態に戻ることなく散乱し、こうして、壁の内側に宇宙が形成されます。

このシナリオは、一般にビッグバンと呼ばれるものと同様ですが、根本的に異なる点があります。それは、宇宙が始まるまさにその瞬間の一点において、そのエネルギーの総量が0であるという点です。



私たちの宇宙がこのようにして生じたとするなら、それは確率的に極めて起こり難い出来事であったに違いありません。この宇宙の規模を考えるなら、宇宙を生じさせたエネルギーの束の数はおびただしいものであったでしょう。それは私たちが普段用いる10進法では記述できかねるほどの数となるはずです。それほどの数のエネルギーの束が一点に集まり、かつ量が0になるということはまず考えられないでしょう。
とはいえ、いわゆる人間原理には基盤となる規模が存在しないという問題があります。その確率が少ないことの証明は、それがどれほどの頻度で起こるかを説明しません。

頻度の問題を解決するために、私たちの宇宙に目に向け、この宇宙がどの場合であるか、4つのシナリオと比較して判定しましょう。シナリオはこうです。

A. 私たちの宇宙では、この宇宙を生じさせたビッグバンと同規模のエネルギーの流入が頻繁に起きる。
B. 私たちの宇宙では、この宇宙を生じさせたビッグバンと同規模のエネルギーの流入はまず起きないが、それより小規模の流入は頻繁に起こる。
C. 私たちの宇宙では、この宇宙を生じさせたビッグバンより小規模のエネルギーの流入でさえまず起きない。
D. 私たちの宇宙では、この宇宙を生じさせたビッグバンのようなエネルギーの流入は全く起きない。

まずはDを除外しましょう。この条件では私たちの宇宙が存在することすらありませんから、この宇宙がDの場合でないことは明瞭です。
続いてAの場合も除外しましょう。Aのようなら、私たちの宇宙は絶えず沸き起こるビッグバン級の爆発によっていつもかき回されているはずですが、そのようなことは起こっていません。
さらにBの場合も除外しましょう。Bの場合、私たちは宇宙を観察して、様々なところで小規模なビッグバンが発生している様子を観察しているはずですが、そのようにはなっていません。

私たちの宇宙はCであるようです。私たちは、宇宙のどこを見回しても小規模なビッグバンすら発見してはいません。つまり、モデルが示すシナリオの頻度は、少なくとも私たちの宇宙の規模に対しては、少ないだろう、ということが考えられます。

しかし、私たちが通常の方法では認識しえないほどの小さな規模では、極小規模のエネルギーの流入が起こるはずです。規模が小さくなるほどに確率は上がると考えられるからです。
実際、極小規模のエネルギーの流入が頻繁に起こらなければならないと考えるべき理由があります。私たち宇宙では、極めて小さな規模では物理の法則が安定しているように見えないからです。もしもこの宇宙にエネルギーの流入が起こっているなら、その分布のむらによって、そのむらと同程度の規模において物理の法則は不安定になるはずです。しかし、それより大幅に大きな規模では、むらは平均化され、法則は安定するでしょう。



履歴
2014年01月08日 公開
2014年01月09日 表記訂正 (スケール→規模)
2015年08月13日 追加の論文を掲載