エホバの証人の聖書

ヘブライ 11:5

新世界訳聖書(エホバの証人)「信仰によって、エノクは死を見ないように移され、神が彼を移されたので、彼はどこにも見いだされなくなりました。彼は、移される前に、神を十分に喜ばせたと証しされたのです。」

新共同訳聖書(カトリックとプロテスタント)「信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました。神が彼を移されたので、見えなくなったのです。移される前に、神に喜ばれていたことが証明されていたからです。」


 新世界訳とは異なり、新共同訳聖書には「天に」という言葉が追加されています。この問題を少し取り上げたいと思います。

 キリスト教世界では、神を信じる人やよい人は死んだら天に、そうでない人は地獄に行くと信じられています。しかも、人は死ねば直ちに、天国か地獄に移されると信じられています。一般の人も、キリスト教の信仰とはそのようなものだと理解しています。ですから、「エノクが移された」と聖書に書かれていれば、たいていの人は「天に移された」と読むはずです。
 新共同訳の訳文はこのような読みを反映したものです。

 この読みの問題の一つは、エノクがキリストの贖いの死を待つことなく天に移されていることです。
 一般に信じられていることとは異なり、聖書は、「人は死んだらすぐに天国や地獄へ行く」とは述べていません。まず、イエスが贖いになって死に、復活の基礎を据えるまで、人は復活せず、死んだままです。その状態についてはこのように記されています。

伝道の書(コヘレトの言葉) 9:5-6/新世界訳聖書(エホバの証人)「生きている者は自分が死ぬことを知っている。しかし、死んだ者には何の意識もなく、彼らはもはや報いを受けることもない。なぜなら、彼らの記憶は忘れ去られたからである。また、その愛も憎しみもねたみも既に滅びうせ、彼らは日の下で行なわれるどんなことにも、定めのない時に至るまでもはや何の分も持たない。」

 死んだ者には意識がなく、イエスの贖いがなければ、「定めのない時に至るまで」死んだままです。
 そして聖書は、イエスキリストの贖いによる復活が「終わりの日」に起きると述べています。

ヨハネ 6:40/新世界訳聖書(エホバの証人)「というのは、子を見てそれに信仰を働かせる者がみな永遠の命を持つこと、これがわたしの父のご意志だからです。わたしはその人を終わりの日に復活させます。」

 繰り返しになりますが、死んだ人は復活の日まで死んだ状態です。その人たちはずっと墓の中です。

ヨハネ 5:28/新世界訳聖書(エホバの証人)「このことを驚き怪しんではなりません。記念の墓の中にいる者がみな、彼の声を聞いて出て来る時が来ようとしているのです。」

 もし、エノクが、キリストの贖いの実現を待つことなく天への復活を成し遂げたのであれば、それは神学上の一大事です。果たしてそのようなことがあるのか、ということになります。

 さらに問題となるのは、復活には順番があると聖書が述べていることです。
 天に最初に復活するのはイエス・キリストで、これは「死人の中からの初穂」と呼ばれます。その後、「終わりの日」つまり別の言い方では「イエスの臨在の時から終わり(ハルマゲドン)までの間」に、キリストに信仰を働かせる者が復活します。

コリント第一 15:20-24/新世界訳聖書(エホバの証人)「しかしながら、今やキリストは死人の中からよみがえらされ、[死の]眠りについている者たちの初穂となられたのです。死がひとりの人を通して来たので、死人の復活もまたひとりの人を通して来るのです。アダムにあってすべての人が死んでゆくのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。しかし、各々自分の順位にしたがっています。初穂なるキリスト、その後、その臨在の間に、キリストに属する者たちです。次いで終わりとなります。その時、彼は王国を自分の神また父に渡します。その時、彼はあらゆる政府、またあらゆる権威と力を無に帰せしめています。」

 ですから、イエスに信仰を働かせた者も、死ねば、終わりの日が来るまでは死んだままで、「死の眠り」についています。まだ復活はしません。

コリント第一 11:30/新世界訳聖書(エホバの証人)「そのために、あなた方の中には弱くて病みがちな人が多くおり、相当数の者は[死の]眠りについています。」

 しかし、終わりの日が来ると状況は変わり、復活が始まります。

コリント第一 15:51-52/新世界訳聖書(エホバの証人)「ご覧なさい、わたしはあなた方に神聖な奥義を告げます。わたしたちはみな[死の]眠りにつくのではありませんが、わたしたちはみな変えられるのです。一瞬に、またたくまに、最後のラッパの間にです。ラッパが鳴ると、死人は朽ちないものによみがえらされ、わたしたちは変えられるからです。」

 エノクが天に行ったとすると、彼はイエスより先に復活したことになります。やはり神学上の一大事です。

 結論を言うと、新共同訳の訳文は神学上の違反行為となります。エノクが「移された」と書かれていても、「天に移された」と読むのは神学上不可能です。「聖書に対する洞察」はこう述べています。

『エノクは「死を見ないように移され」ましたが,これは,神がエノクを預言者としてのこうこつ状態にならせ,そうした状態にあった時に生涯を終わらせて,死の苦しみを経験しないようにされたという意味なのかもしれません。しかし,ヨハネ 3章13節に記されているイエスのはっきりした言葉からみて,エノクは天に取られたのではありません。』

 言及のヨハネ 3章13節はこうなっています。

新世界訳聖書(エホバの証人)「そのうえ、天から下った者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上ったことがありません。」


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